デパート・ショッピングセンターへの出店と賃貸借契約(「ケース貸し」の問題点)
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はじめに
お菓子屋・お総菜屋・レストランなど、食品・飲食事業のお店を出店する際、デパート・ショッピングセンター・スーパーなどの商業施設の一画を借りて出店することがあります。
このような商業施設の売り場・フロアの一部を貸す方式は、「ケース貸し」と呼ばれることがあります。
「ケース貸し」の形でスペースを借りて事業を行う場合、気を付けなければならないのは、それが「建物」の「賃貸借」にあたるか否か、ということです。「建物」の「賃貸借」にあたるか否かにより、安定して事業用スペースを借り続けられるかどうかに大きな影響が生じます。
借地借家法の保護
「建物」の「賃貸借」にあたる場合、民法の定めに加えて、その特別法である借地借家法の定めも適用され、その保護を受けることができます。
借地借家法は、借家人を手厚く保護するために民法の定めを修正するものです(以下の表ご参照)。
そのため、「建物」の「賃貸借」にあたる場合、借地借家法の定めも適用されることで、安定して事業用スペースを借り続けられる可能性が高まります。
民法の定め |
借地借家法の定め |
|
賃借権・借家権の対抗要件 |
登記(賃貸人には登記に協力する義務なし) |
建物の引渡し(登記がなくても借家権を対抗できる) |
期間 |
上限20年 |
上限なし |
法定更新 |
期間満了後、賃借人が使用収益を継続した場合、賃貸人がこれを知りながら異議を述べないとき、従前と同一の条件で更新と推定 |
賃貸人が賃貸借の期間満了の1年前から6か月前までの間に、更新しない旨の通知をしなかった場合、従前と同一の条件で更新とみなす(期間は定めがないものとなる)。 この通知には正当の事由が必要 当該通知をした場合でも、期間満了後、借家人が使用を継続する場合、賃貸人が遅滞なく異議を述べなかったとき、 従前と同一の条件で更新とみなす(期間は定めがないものとなる) |
賃貸人からの解約 |
期間の定めがない場合、いつでも解約の申入れができ、解約の申入日から3か月が経過すると、賃貸借は終了 期間の定めのある場合であっても、期間内の中途解約権を留保したときは、同上 |
解約の申入日から6か月が経過すると、賃貸借は終了 この申入れには正当の事由が必要 |
賃料減額請求権 |
なし |
あり |
特約 |
原則自由 |
借地借家法の規定によっては、同法に反する特約で借家人に不利なものは無効 |
「建物」の「賃貸借」にあたるか
では、「ケース貸し」の場合、「建物」の「賃貸借」にあたるとして、借地借家法の保護を受けることができるでしょうか。
裁判実務では、個別具体的な判断がされていますが、①「建物」にあたるか、②「賃貸借」にあたるかについて、順次、見ていきましょう。
「建物」にあたるか
《 基本的な考え方 》
建物とは「土地に定着し、周壁、屋根を有し、住居、営業、物の貯蔵等の用に供することのできる、永続性のある建造物」をいいます。
借地借家法においては、建築関連法令において1棟の建物として独立しているものだけではなく、1棟の建物の一部であっても、「建物」該当性が肯定されることがあります。
旧借家法の「建物」について判示したものですが、判例も、「建物の一部であっても、障壁その他によって他の部分と区画され、独占的排他的支配が可能な構造・規模を有するもの」は「建物」にあたると判示しています(最高裁昭和42年6月2日民集21巻6号1433頁)。
ケース貸しの場合に、どのような事情があれば「障壁その他によって他の部分と区画され、独占的排他的支配が可能な構造・規模を有するもの」といえるのでしょうか。
以下、具体的な裁判例を検討していきましょう。
《 具体的な事例 》
( 肯定例 )
◎スーパー内のパン売り場(東京地裁平成8年7月15日判時1596号81頁)
総論 |
スーパー内のパン売り場部分が問題となった事案 |
理由 |
・本件売場部分は、本件店舗内の別紙図面一のイロハニイを順次直線で結んだ線で囲まれた部分であり、スーパーマーケットの入口とは別に、直接公道から出入りできる独自の入口を持っていること |
結論 |
したがって、本件契約は、本件売場部分の使用関係に関する限り賃貸借に関する法の適用を受けるべきものと解するのが相当であって、その使用関係の終了については被告らは借家法の規定による保護を受けるべきものというべきである。 |
◎ビル内の店舗(東京高裁昭和54年3月26日判時933号61頁)
総論 |
大蔵省庁舎ビル内の店舗が問題となった事案 |
理由 |
・本件店舗部分は、大蔵省本庁舎ビルの半地下一階にあって仕切りにより区切られた多数の売店のうちの一つであって単なる「ケース」ではないこと |
結論 |
以上より、本件店舗部分は借家法一条にいう建物にあたるものと認められる。 |
( 否定例 )
◎パーテーションで仕切られた部屋の一部(東京地裁平成28年11月22日ウェストロー2016WLJPCA11228003)
総論 |
ビルのフロア内で賃借人が賃借している部屋の一部が問題となった事案 |
理由 |
・当該区画部分は、当該建物内の原告が賃借している部屋の一部であり、周囲を高さ約190cmのパーテ-ションによって区切られており、その他の部分とは客観的に区画されること |
結論 |
建物の一部である本件区画は、障壁等により、他の部分(原告使用部分)と客観的かつ明白に区画されているとは認めがたい上、独占的排他的な支配を可能とする構造及び規模であるともいえないから、本件賃貸借契約については、借地借家法は適用されないというべきである。 |
◎駅ビルのレストラン街の一部(東京地裁平成20年6月30日判時2020号86頁)
総論 |
駅ビルのレストラン街の一部が問題となった事案 |
理由 |
・本件出店区画は、その構造上、ルミネ立川店中において、間仕切りにより他の店舗とは区別されているものの、それ自体出店に際して設置されるものであること |
結論 |
以上より、本件賃貸借契約は建物を目的とする賃貸借契約とはいえないから、本件賃貸借契約には同法の適用はないものというべきである。 |
◎ピロティ上の販売店(東京地裁平成18年9月4日)
総論 |
ピロティの一部を利用する生花造花販売店が問題となった事案 |
理由 |
・1階部分の入り口広場内にあり、一部を除き、他の広場部分と明確に区画する障壁等がなく、それ自体、独立的排他的な支配が可能な構造を有するとは評価できないこと |
結論 |
「建物」にあたらない。 |
◎その他
他には、デパ地下の総菜売場、スーパーの総菜売場、ショッピングセンターのフードコートなどについては、調理場の独立性・隔離性は高いことが多いでしょうが、顧客の飲食エリアが複数の店舗の共用となっていることが大半だと思われます。そのため、独立的排他的な支配が可能とはいえないとして、「建物」とは認められない傾向にあります。
「賃貸借」にあたるか
《 基本的な考え方 》
( 有償であること )
借地借家法の適用を受けるためには、ケース貸しの対象物が「建物」にあたるだけでなく、ケース貸しで事業用スペースを借りることが「賃貸借」にあたることも必要です。
賃貸借にあたると判断されるためには、有償の契約関係であること(対価の支払いがあること)が必要です。無償で建物を使用する場合には、「賃貸借」にはあたらず(使用貸借という別の契約となります)、借地借家法の適用は受けません。
対価の内容・額は、通常は当事者間で自由に決めることができますが、あまりに低額すぎる場合には、対価の支払いなし(有償の契約関係とはいえない)として、「賃貸借」にあたらないと判断されることがあります。
また、有償の契約であっても、賃貸借ではなく、業務委託契約・販売委託契約であると判断されることもあります。
なお、居住用の賃貸借であるか、事業用の賃貸借であるか、賃貸人・賃借人が個人であるか、法人であるかについては、借地借家法上保護される「賃貸借」にあたるかという点においては、問題となりません。
( 経営委託、施設側の指揮監督 )
ケース貸しでは、食品・飲食事業者の皆様は、商業施設の一画を借りて出店することになります。その際、食品・飲食事業者の皆様は、商業施設側から、指揮監督を受けることがあります。この場合、商業施設は食品・飲食事業者の皆様に対して、賃貸しているのではなく、業務の一部を経営委託しているなどとして、「賃貸借」にあたらないと判断されることがあります。
ケース貸しの場合、どのような事情があれば、経営委託ではなく、「賃貸借」にあたるといえるのでしょうか。
契約書上に「賃貸借」だと明記されている場合、「賃貸借」にあたると判断される傾向にあるとされています。
裁判例でも、飲食店の経営やレストランフランチャイズチェーン店の加盟店募集等を業とする会社間で争いになった事案について、「店舗の転貸借契約という法形式を選択している以上、その法形式が仮装であるといった事情がない限り、法形式どおりの効果を認めるべきである」と判示したものがあります(東京地裁平成22年2月25日ウェストロー2010WLJPCA02258022)。
なお、契約書上に「経営委託」「業務委託」「営業委託」等の表題が付されていたり、契約書の条項中に「賃貸借ではない」旨が明記されていたりする場合でも、「賃貸借」にあたると判断されることがあります。
判例は、ある家屋内の2坪あまりの広さの店舗で鳥禽類の仕入販売を行っていた事案について、「経営の委任または委託の場合、法律上委任の形式をとるにかかわらず受任者が自己の計算において自己の裁量に従って経営を行い、委任者に対して一定の金員を支払うことが少なくない。かかる場合、経営の委任といっても実質は営業の賃貸借に外ならないと解すべきである」と判示しています(最高裁昭和39年9月24日裁判集民75号445頁)。
この判例が「実質は営業の賃貸借」だと述べているとおり、裁判実務において、「賃貸借」にあたるか、それとも経営委託であるかは、単に契約書の形式からのみ判断されるのではありません。その取引の実態に着目した個別具体的な判断が必要とされています。
その判断要素は事案に応じて考慮されますが、デパートにカレー屋が出店していた事案について、裁判所は以下の事情を挙げており、参考になります(東京地裁平成12年11月30日ウェストロー2000WLJPCA11300015)。
・店舗の利用関係を定める契約の法的性質は、当該契約の契約書に用いられている契約の名称や用語のみで直ちに決定されるものではなく、契約書の他の条項、特に、損益の帰属、支払金額、営業上の指揮監督等に関する規定や、営業の実状、実態等をも考慮して、その実質に即して決定されるというべきである。
・その判断の際には、以下の諸事情が勘案されるべきである。
・・当該契約にかかる契約書の体裁、名称、用語
・・契約条項の規定及びその内容
・・当事者の取引経験
・・当事者の事業規模
・・当該店舗の存する事業施設の規模、性格
・・当該店舗の用途
・・当該事業施設又は当該店舗の立地条件
・・当該店舗の構造
・・当事者が当該契約を締結するに至る経緯
・・契約締結時における当事者の意思
・・当該店舗における仕入、販売等の営業の実態、営業主体としての店舗の管理状況等
・・内装、設備、什器備品その他の費用負担
・・当該店舗における従業員の雇用状況
・・営業の指揮監督状況
・・売上げの計算管理方法
・・当該店舗の利用に関して支払われるべき金員の支払方法、計算方法
・・営業損益の帰属等々の諸事情
そこで、以下では、具体的な裁判例を検討していきましょう。
《 具体的な事例 》
( 肯定例 )
◎スーパー内のパン売り場(東京地裁平成8年7月15日判時1596号81頁)
総論 |
スーパー内のパン売り場部分が問題となった上記の事案 |
理由 |
・被告らが営業を行ってきた本件売場部分は、本件店舗の中において原告の経営するスーパーマーケット部分とは明瞭に区画されていること |
結論 |
したがって、本件契約は、本件売場部分の使用関係に関する限り賃貸借に関する法の適用を受けるべきものと解するのが相当であって、その使用関係の終了については被告らは借家法の規定による保護を受けるべきものというべきである。 |
◎ビル内の店舗(東京高裁昭和54年3月26日判時933号61頁)
総論 |
大蔵省庁舎ビル内の店舗が問題となった上記の事案 |
理由 |
・被控訴人は、昭和三一年以来大蔵省共済組合本省支部から一年毎の契約に基づいて本件店舗部分における売店の経営の委託を受け、洋服類の仕立販売業を営んでいたが、代表者自身が高齢(現在八八歳)となるに従い自ら営業を担当することが困難となり、加えて右店舗で使用していた店員が昭和四六年中に死亡したなどの事情により、右営業を担当する者がなくなったこと |
結論 |
本件契約は建物の賃貸借に顧客関係等のいわゆる営業権の賃貸借が附随したものと解される。 |
◎ビルの一室のスナック(大阪高裁平成9年1月17日判タ 941号199頁)
総論 |
ビルの一室のスナックが問題となった事案 |
理由 |
・本件契約書上では店舗経営委託契約とされているものの、そこでの店舗「知己」の経営は控訴人の名義で、その計算と裁量により行われ、被控訴人がその経営に関与することはないこと |
結論 |
以上からすると、右の契約は、店舗経営委託契約の性格を持たず、かえって控訴人に本件物件と内装・器具を飲食店の営業のために自由に使用収益して、その収益を取得(損失のときはこれを負担)することを許し、その対価として一定額の金員を受領することとする建物賃貸借の性格を有することは明らかである。 |
( 否定例 )
◎デパート内のスパゲッティ店(大阪地裁平成4年3月13日判タ 812号224頁)
総論 |
デパート内のスパゲッティ店が問題となった事案 |
理由 |
・被告の本件売場部分における営業は相応の独立性を有するものと言えること |
結論 |
以上の事情等を併せ考慮すると、本件契約は、賃貸借契約であると言うことはできず、借家法等の適用のない販売業務委託契約であると言うべきである。 |
◎デパート1階の一部においた商品什器を利用していた店舗(最高裁昭和30年2月18日民集 9巻2号179頁)
総論 |
デパート1階の一部においた商品什器を利用していた店舗が問題となった事案 |
理由 |
・上告人等は被上告会社との契約に基き同会社のデパートの一階の一部の場所において、商品什器を置いて、それぞれ営業を営んでいるものであること |
結論 |
以上の事実関係に徴すれば、上告人等は、被上告会社に対し、被上告会社の店舗の一部、特定の場所の使用収益をなさしめることを請求できる独立した契約上の権利を有し、これによつて右店舗の一部を支配的に使用しているものとは解することができない。 |
◎ホテルの一部をシャッターで仕切った区画(東京地裁平成29年3月24日ウェストロー2017WLJPCA03248018)
総論 |
ホテルの一部をシャッターで仕切った区画が問題となった事案 |
理由 |
・本件建物部分は、1棟の建物の一部であるので、本件建物部分を対象とする賃貸借契約が借地借家法の適用を受けるためには、対象部分が構造上・経済上・利用上独立していなければならないこと |
結論 |
以上より、本件建物部分については構造上・経済上・利用上の独立性はなく、本件賃借契約に借地借家法は適用されないというべきである。 |
まとめ
以上のとおり、ケース貸しが「建物」の「賃貸借」にあたるとして借地借家法の保護を受けられるかについて概要をご説明しました。
以下のような方は、ご遠慮なくご相談ください。
・ケース貸しにおいて、商業施設との間でトラブルになっている方
・これから商業施設との間でケース貸しの契約を締結するにあたり、契約書の内容等について相談をしたい方
・その他、商業施設とのケース貸しについてお悩みを抱えている方