漁業法QA⑥(漁業補償、罰則)
Contents
- 1 IX 漁業補償について
- 1.1 Q180.漁業補償について、その対象となる漁業はどの範囲となりますか?
- 1.2 Q181.「①漁業法に基づく損失補償」の概要について教えてください。
- 1.3 Q182.「①漁業法に基づく損失補償」について、補償額はどのように決定されますか?
- 1.4 Q183.「①漁業法に基づく損失補償」について、損失補償の金額に不服がある場合は、増額を請求することができますか?
- 1.5 Q184.「①漁業法に基づく損失補償」について、受益者負担とは何ですか?
- 1.6 Q185.「①漁業法に基づく損失補償」について、担保権者は損失補償を求めることはできますか?
- 1.7 Q186.「②その他の漁業補償」の概要について教えてください。
- 1.8 Q187.「②その他の漁業補償」について、補償額はどのように決定されますか?
- 1.9 Q188.漁業補償に関する判例・裁判例について教えてください。
- 2 X 罰則について
- 2.1 Q189.犯罪の成立要件について、簡潔に教えてください。
- 2.2 Q190.漁業法に違反する行為に対する正当防衛等の違法性阻却事由が問題となった裁判例はありますか?
- 2.3 Q191.漁業法が犯罪として定めている罪について教えてください。
- 2.4 Q192.採捕禁止に違反して特定水産動植物を採捕した罪(法189条1号)について詳しく教えてください。
- 2.5 Q193.無許可操業の罪(法190条3号)について詳しく教えてください。
- 2.6 Q194.漁業法に規定された犯罪が成立した際に、犯人の所有物等が没収されることはありますか?
- 2.7 Q195.漁業法に規定された犯罪が成立した際に、犯人の所有物等が没収できない場合はどうなりますか?
- 2.8 Q196.懲役と罰金は併科されることがありますか?
- 2.9 Q197.両罰規定とは何ですか?
- 2.10 Q198.両罰規定に関して判断した裁判例について教えてください。
- 2.11 Q199.漁業法は行政上の秩序罰を定めていますか?
IX 漁業補償について
漁業法は、国または都道府県による損失補償について定めています。また、漁業法に基づく損失補償以外にも、民法などの規定に従いその損失を補償しなければならない場合があります。
本項では、①漁業法に基づく損失補償、及びそれ以外の②その他の漁業補償についてQA形式で解説いたします。
Q180.漁業補償について、その対象となる漁業はどの範囲となりますか?
A. 政府は、答弁書において以下の通りに回答しています(「衆議院議員佐藤謙一郎君提出共同漁業権の権利者等に関する質問に対する答弁書」(平成14年7月30日内閣衆質154第107号別紙))。
「漁業補償の対象となる漁業には、都道府県知事により漁業協同組合(以下「組合」という。)に免許がなされる共同漁業権に基づき当該組合の組合員が営む漁業だけではなく、組合員が個々に都道府県知事の免許又は許可を受けて営む漁業や、いわゆる自由漁業として営む漁業等すべての漁業が含まれ得る。」
Q181.「①漁業法に基づく損失補償」の概要について教えてください。
A. 法177条は、損失補償について定めています。国又は都道府県は、以下に掲げる場合には、当該処分又は行為によって生じた損失(通常生ずべき損失)を、それぞれの者に対して補償しなければなりません(同条1項、2項、13項、14項)。
(i)農林水産大臣が、法55条1項の規定に基づき、漁業調整その他公益上の必要により、大臣許可漁業の許可(法36条1項)、又は大臣許可漁業に係る起業の認可(法38条)を変更した場合や、これを取り消した場合、又はその効力の停止を命じた場合(法177条1項1号)。
(ii)広域漁業調整委員会又は水産政策審議会が、法157条2項の規定に基づき、その職務の執行のため、他人の土地に立ち入って測量・検査を行った場合、又は測量・検査の障害になる物を移転・除去した場合(法177条1項2号)。
(iii)農林水産大臣が、法176条2項の規定に基づき、漁業に関して必要な報告を求めるため、他人の土地に立ち入って測量・検査を行った場合、又は測量・検査の障害になる物を移転・除去した場合(法177条1項3号)。
(iv)都道府県知事が、法88条4項(同条5項において準用する場合を含む)・93条1項に基づき、漁業者の休業中に、その漁業を別の漁業者に許可した後、その許可を変更し、取り消し、又はその効力の停止を命じた場合(法177条13項1号)。
(v)都道府県知事が、法93条1項の規定に基づき、公益上の必要から、漁業権を変更し、取り消し、又はその行使の停止を命じた場合(法177条13項2号)。
(vi)海区漁業調整委員会若しくは連合海区漁業調整委員会又は内水面漁場管理委員会が、法157条2項(法173条において準用する場合を含む)に基づき、その職務の執行のため、他人の土地に立ち入って測量・検査を行った場合、又は測量・検査の障害になる物を移転・除去した場合(法177条13項3号)。
(vii)都道府県知事が、法176条2項の規定に基づき、漁業に関して必要な報告を求めるため、他人の土地に立ち入って測量・検査を行った場合、又は測量・検査の障害になる物を移転・除去した場合(法177条13項4号)。
Q182.「①漁業法に基づく損失補償」について、補償額はどのように決定されますか?
A. 補償すべき金額は、国の行為によるものについては農林水産大臣が決定し、都道府県の行為によるものについては都道府県が決定します(法177条3項前段、同条14項)。
ただし、前記(ii)の場合には、農林水産大臣は、その行為をさせた広域漁業調整委員会又は水産政策審議会の意見を聴かなければなりません(同条3項後段)。また、都道府県知事は、前記(iv)及び(v)の場合には、関係する海区漁業調整委員会の意見を聴かなければなりません(同条14項、同条3項後段)。さらに、前記(vi)の場合には、当該行為をさせた海区漁業調整委員会若しくは連合海区漁業調整委員会又は内水面漁場管理委員会の意見を、それぞれ聴かなければなりません(同条14項、同条3項後段)。
法177条1項に基づき補償すべき損失は、処分又は行為によって「通常生ずべき損失」です(同条2項)。「通常生ずべき損失」には、当該処分又は行為によって失った漁業上の利益のほか、漁業の経営規模の縮小が生じる場合には、これらに伴い通常生ずべき損失が含まれると考えられています。例えば、資本の売却、転業準備期間中の所得相当額、従業員の解雇予告手当相当額などが補償の対象になると考えられています。
Q183.「①漁業法に基づく損失補償」について、損失補償の金額に不服がある場合は、増額を請求することができますか?
A. 損失補償の金額に不服がある場合は、その決定の通知を受けた日から6か月以内に、訴えをもってその増額を請求することができます(法177条4項、14項)。この訴えにおける被告は、国の行為については国、都道府県の行為については都道府県となります(同条5項、14項)。
漁業法(昭和24年12月15日法律第267号)
第百七十七条(損失の補償)
1~3(略)
4 前項の金額に不服がある者は、その決定の通知を受けた日から六月以内に、訴えをもつてその増額を請求することができる。
5 前項の訴えにおいては、国を被告とする。
6~13(略)
14 第二項から第八項まで、第十一項及び第十二項の規定は、前項の規定により都道府県が損失を補償しなければならない場合について準用する。この場合において、……第五項中「国」とあるのは「都道府県」と、……読み替えるものとするほか、必要な技術的読替えは、政令で定める。
Q184.「①漁業法に基づく損失補償」について、受益者負担とは何ですか?
A. 前期(i)の許可の変更、取消し、又はその効力の停止、前記(iv)の許可の変更、取消し、又はその効力の停止、前記(v)の漁業権の変更、取消し、又はその行使の停止といった処分により、利益を受ける者(受益者)が存在することがあります。この場合は、国又は都道府県は、その者に対し、補償すべき金額の全部又は一部を負担させることができます(法177条6項、14項)。
受益者負担金の徴収について、農林水産大臣は、負担金を国税滞納処分の例によって徴収することができます(同条8項)。同様に、都道府県知事は、負担金を地方税の滞納処分の例によって徴収することができます(同条14項)。
受益者は、負担金について不服がある場合は、その決定の通知を受けた日から6か月以内に、訴えをもってその減額を請求することができます(同条7項、4項、14項)。
漁業法(昭和24年12月15日法律第267号)
第百七十七条(損失の補償)
1~5(略)
6 第一項第一号に規定する処分によつて利益を受ける者があるときは、国は、その者に対し、同項の規定により補償すべき金額の全部又は一部を負担させることができる。
7 前項の場合には、第三項前段、第四項及び第五項の規定を準用する。この場合において、第四項中「増額」とあるのは、「減額」と読み替えるものとする。
8 第六項の規定により負担させる金額は、国税滞納処分の例によつて徴収することができる。ただし、先取特権の順位は、国税及び地方税に次ぐものとする。
9~13(略)
14 第二項から第八項まで、第十一項及び第十二項の規定は、前項の規定により都道府県が損失を補償しなければならない場合について準用する。この場合において、……第六項中「第一項第一号」とあるのは「第十三項第一号又は第二号」と、「国」とあるのは「都道府県」と、第七項中「第五項」とあるのは「第五項並びに第八十九条第三項から第七項まで」と、第八項中「国税滞納処分」とあるのは「地方税の滞納処分」と……読み替えるものとするほか、必要な技術的読替えは、政令で定める。
Q185.「①漁業法に基づく損失補償」について、担保権者は損失補償を求めることはできますか?
A. 個々の土地や漁業権に先取特権や抵当権といった担保権が設定されている場合において、立入検査を受けたり、当該漁業権が取り消されたりすると、当該担保権者が損失を被るおそれがあります。そこで、前記(ii)、(iii)、(vi)、(vii)の場合、並びに(v)のうち漁業権を取り消す場合において、国又は都道府県は、当該先取特権又は抵当権を有する者から供託をしなくてもよい旨の申出がある場合を除き、その補償金を供託しなければならないと定められています(法177条11項、12項、14項)。
漁業法(昭和24年12月15日法律第267号)
第百七十七条(損失の補償)
1~10(略)
11 第一項第二号又は第三号の土地について先取特権又は抵当権があるときは、国は、当該先取特権又は抵当権を有する者から供託をしなくてもよい旨の申出がある場合を除き、その補償金を供託しなければならない。
12 前項の先取特権又は抵当権を有する者は、同項の規定により供託した補償金に対してその権利を行うことができる。
13(略)
14 第二項から第八項まで、第十一項及び第十二項の規定は、前項の規定により都道府県が損失を補償しなければならない場合について準用する。この場合において、……第十一項中「第一項第二号又は第三号」とあるのは「第十三項第二号の漁業権(第九十三条第一項の規定により取り消されたものに限る。)又は第十三項第三号若しくは第四号」と、「国」とあるのは「都道府県」と、同項及び第十二項中「有する者」とあるのは「有する者(漁業権にあつては、登録先取特権者等に限る。)」と読み替えるものとするほか、必要な技術的読替えは、政令で定める。
Q186.「②その他の漁業補償」の概要について教えてください。
A. 漁業法に基づく損失補償をする場合以外にも、海面を埋め立てる等してそこで営まれている漁業に損害を与えた場合には、民法などの規定に従いその損害を賠償する必要があります。具体的には、故意又は過失によって他人の権利や法律上保護されている利益を侵害した者は、被害者に対して、それによって生じた損害を賠償しなければなりません(民法709条)。
漁業補償における「他人の権利」とは、漁業権といった法律上認められた権利のことをいいます。また、「法律上保護されている利益」とは、法律上保護に値する利益のことをいい、漁業の場合は、許可漁業・自由漁業における操業利益がこれにあたると考えられています。
なお、実際の漁業補償では、漁業に損害を与え得る事業の実施前に補償が行われるのが通常です。
民法(明治29年4月27日法律第89号)
第七百九条(不法行為による損害賠償)
故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
Q187.「②その他の漁業補償」について、補償額はどのように決定されますか?
A. 漁業補償などにおける補償額の算定の基準となるものとして、「公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱」(昭和37年6月29日閣議決定、令和元年12月20日最終改正。以下、「補償基準要綱」)(※)があります。この要綱に従った場合の漁業権の補償額は、以下に掲げる考え方に基づいて算定されます。なお、漁業権漁業以外の許可漁業や自由漁業についても、権利と認められる程度に成熟したものについては、漁業権と同様に考えられます。
・漁業権が消滅する場合、当該権利を行使することによって得られる収益を資本還元した額を基準として、当該権利に係る水産資源の将来性等を考慮して算定した額が補償される(補償基準要綱17条)。
・漁業権が制限される場合、当該権利が消滅するものとして補償基準要綱17条の規定により算定した額に、当該権利の制限の内容等を考慮して適正に定めた割合を乗じた額が補償される(補償基準要綱22条)。
・漁業を廃止することとなる場合、漁具等の売却損その他資本に関して通常生ずる損失額及び解雇予告手当相当額その他労働に関して通常生ずる損失額と、転業に通常必要とする期間中の従前の所得相当額(法人経営の場合においては、従前の収益相当額)が補償される(補償基準要綱38条1項)。
・漁業を一時休止することとなる場合、及び漁業の経営規模を縮小しなければならない場合には、それぞれ通常生ずる損失額が補償される(補償基準要綱39条、40条1項)。
・漁業権等の消滅又は制限によって漁業者に雇用されている者が職を失う場合において、これらの者が再就職するまでの期間中所得を得ることができないと認められるときは、これらの者に対して、その者の請求により、再就職に通常必要とする期間中の従前の賃金相当額の範囲内で妥当と認められる額が補償される(補償基準要綱46条)。なお、必要がある場合には、生活再建のための土地又は建物の取得の斡旋及び職業の紹介又は指導の措置を講ずるよう努める(「公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱の施行について」(昭和37年6月29日閣議了解、平成14年7月2日最終改正)第2)。
※https://www.mlit.go.jp/common/001338602.pdf
Q188.漁業補償に関する判例・裁判例について教えてください。
A. 以下、漁業補償に関する判例・裁判例をいくつかご紹介します。
〇最判昭和48年11月22日(昭和47年(オ)第1024号)
「補償金の配分は、被上告人組合の正組合員であると準組合員であるとを問わず、実際に漁業収益を得ていた漁民に対してなさるべきものであるところ、上告人はもともと漁民でなかつたため漁業収益をあげていなかつたものであるから、本件補償金の配分を受ける資格を有していない旨の原審の判断は、正当として是認することができる。」
〇名古屋地判昭和58年10月17日判時1133号100頁
「漁業権及び入漁権(以下「漁業権等」ともいう。)……は組合に帰属し、従って組合がその権利主体であるが、しかし組合は自ら漁業権等の内容である漁業を営むことができず、組合員の権利行使を規制する管理権及び処分権を行使し得るだけであり、実質的な収益権としての漁業を営む権利は組合員が各自行使するという形で各組合員に帰属するものと解される。従ってまたこれを裏返してみれば、組合員が各自有する漁業を営む権利は、組合に帰属する漁業権等に基づくものであって、その団体的規制としての定款の定めるところに従って行使し得るに過ぎず、しかも組合員の右権利は収益権のみを内容とするものであって、管理処分権を内容とするものではないと解される」。「許可漁業は、行政庁の許可を得た漁民が許可にかかる漁業を行うもので、許可の対象者である操業者は個々の漁民であり、また自由漁業は、個々の漁民がなんらの制約を受けないで行うものであって、いずれも組合の団体的規制に服することなく、その操業利益は当然に個々の漁民に帰属するものであるが、当該漁業の利益が社会通念上権利と認められる程度にまで成熟していると認められる場合は格別、当然には権利性を有しない。」
「漁業権、入漁権の放棄に対して支払われた本件補償金は、……組合員がその利益を享受すべきものであるが、しかしこのことから組合の所定の配分手続を経ることなく、当然に組合員が右補償金について直接の請求権を取得するものということはできない。被告(筆者注:組合。以下同じ。)は漁業権等に関する管理権限に基づき、本件補償協定を締結し、補償金を受領、保有しうるだけでなく、漁業権、入漁権の変形したものとして、本件補償金についても管理、処分権限を有し、この権限に基づき公平かつ適正に右補償金を組合員に分配すべきものと解される。そしてその場合右配分については……、総会の特別決議に基づくことを要する。従って、被告に属する個々の組合員が本件補償金の分配を直ちに求めることはできず、被告の総会決議により決定された分配方法に基づき、本件補償金につき権利を取得し、それを行使しうることになるものである」。「許可漁業、自由漁業の操業放棄に対する補償金は、本来、組合員個人に帰属する漁業利益についてなされるものであるが、本件の場合、組合員の右漁業利益が実体的に補償の対象となり得る権利性を有しているとは認められなかったが、被告の強い要望によって、右漁業利益についても、組合員の利益のために、組合管理漁業権の補償と同視し、その手続に乗せて補償することが実現したものであり、しかも右補償の額は各漁業権等、許可漁業及び自由漁業毎に特定されることなく、一括して総額のみが協定されたものであることを考慮すると、許可漁業及び自由漁業利益についての補償金についても、前記漁業権放棄に対する補償金と同様に、被告がその分配手続を行う権限及び義務を有し、そしてその手続は総会における特別決議で行うべきものと解する。」
「補償金の配分は総会の特別決議を要するが、しかしこのことは総会が自ら配分手続の一部始終を直接行わねばならないことを意味しない。総会の決議により、既存の総代会等を利用し或いは新たに配分委員会等を設置して、これらの機関に配分基準の設定等を含む配分作業を行わせることは合理的であって、是認されるものである。……そしてこれら機関の決定は、総会の決議と一体をなすものである。従って被告に属する組合員……は、総会で決定された分配方法(総代会及び配分委員会で決定された内容を含む。)が適法有効である限り、これに基づいて、…補償金を請求しうる。」
〇最判平成元年7月13日民集43巻7号866頁
「共同漁業権は、古来の入会漁業権とはその性質を全く異にするものであつて、法人たる漁業協同組合が管理権を、組合員を構成員とする入会集団が収益機能を分有する関係にあるとは到底解することができず、共同漁業権が法人としての漁業協同組合に帰属するのは、法人が物を所有する場合と全く同一であり、組合員の漁業を営む権利は、漁業協同組合という団体の構成員としての地位に基づき、組合の制定する漁業権行使規則の定めるところに従つて行使することのできる権利であると解するのが相当である。そして、漁業協同組合がその有する漁業権を放棄した場合には漁業権消滅の対価として支払われる補償金は、法人としての漁業協同組合に帰属するものというべきであるが、現実に漁業を営むことができなくなることによつて損失を被る組合員に配分されるべきものであり、その方法について法律に明文の規定はないが、漁業権の放棄について総会の特別決議を要するものとする……水産業協同組合法の規定の趣旨に照らし、右補償金の配分は、総会の特別決議によつてこれを行うべきものと解するのが相当である。」
〇熊本地裁玉名支判平成3年1月29日判時1391号159頁
「原告らは、被告が総会で漁業補償金の配分処理を役員会に一任する旨決議しても、右役員会の配分案をさらに総会の特別決議で議決すべきである旨主張する。確かに右原告ら主張のような手続が最も望ましいものであることは勿論であるが、配分基準の設定を含む配分作業が複雑で極めて技術的である点等を考慮すると、原告ら主張のような手続は必ずしも必要ではなく、総会の特別決議によってその配分手続を役員会等に委ね、右委任によって役員会等が具体的な配分を決定した場合は、右役員会の配分決定は総会の決議と一体となって有効な配分と解されるので、右原告らの主張は採用できない。」
「そこで、本件についてこれをみるに、被告は、……被告組合の臨時総会において、原告ら主張のような漁業権漁場の消滅及び右漁業権消滅に伴う補償金の各承認については三分の二以上の特別決議によって承認されたが、漁業補償金の配分処理を役員会に一任することについては単に過半数の賛成をもって承認されたに過ぎない旨自認し、……右の各事実が認められる。しかし、本件全証拠によっても、補償金の具体的な配分について被告組合の総会の特別決議を経たことや、役員会の本件配分決定をその後の総会において特別決議により承認したと認めるに足りる証拠はない。……以上のとおりであるから、被告組合の総会では漁業補償金の配分処理を役員会に一任する旨の多数決による決議はなされたが、右決議は三分の二以上の特別決議によるものではない。そうとすれば、右総会の単なる多数決によって設置された役員会において本件の配分決定がなされたとしても、右決定はそのままでは効力を生ずるに由ないものというべきである。しかし、右のような役員会による無効な配分決定も、その後の総会において特別決議によって承認された場合は有効となるものと解されるが、さきに認定のとおり右のような特別決議がなされた事実は認められないので、役員会の本件配分決定は結局無効というほかはない。よって、その余の点について判断するまでもなく、総会の特別決議を欠く本件配分決定は無効である。」
〇長崎地判平成10年5月27日判時1690号57頁
「(1) ……漁協は、平成二年一一月一七日開催の正組合員全員協議会でも、損失補償を本件事業の推進賛同への条件とすることを決定し、平成三年四月一七日開催の正組合員全員協議会でも、損失補償を受け得ることを前提に、漁業権の一部放棄等に同意することを決議していること、(2)他方、……町の側でも、町議会においては、平成三年一月一八日及び同年三月一五日開催の全員協議会では、本件事業を推進するため、……漁協からの損失補償の要請に応ずるべきとの決定がなされ、町でも、その決定を受けて、本件事業に伴う本件漁業権の一部消滅等によって……漁協が被る損失額を算定した上、補償額を決定していること、(3)本件陳情書において、「漁協諸権の消滅及び漁業行使、漁協運営に与える損失影響度に対する代償」との文言が、本件覚書においても、「漁業権等損失補償」との文言が、旧補償契約書でも、「損失の補償金」との文言がそれぞれ用いられるなど、……漁協と……町との交渉の経緯で作成された各書面はいずれも、その記載において、損失の補償に係る書面であることを明らかにしていること、(4)旧公金支出は、予算上、「補償補填及び賠償金」の中に位置づけられ、支出命令書の上でも、同様の位置づけがなされていることなどの事実に照らせば、町長、町議会議員を含む……町側も……漁協側も、旧公金支出が損失を補償するためであるとの認識を有していたことは明らかである。また、本件事業が……漁協が漁業権を有する……港の埋立て等をその内容とするものであり、実際に……漁協は、漁業権の一部を放棄していることからすると、その額はさておき、現実に、……漁協が本件事業に伴う本件漁業権の一部消滅等により損失を被ることは否定できず、……町及び……漁協の認識に付合する実体(損失)の存在も認められる。以上に照らせば、旧公金支出が、本件漁業権の一部消滅等に伴って生ずる……漁協の損失を補償するという損失補償の性格、実体を有していたことは明らかである。」
「なお、被告らは、……漁協は、漁業権放棄による減収に伴い不足する組合運営費の補填を要請していたものであって、……町議会でも、かかる要請に応えて旧公金支出を決定したものであり、また、……漁協においては、旧公金は組合の雑収入に組み入れられて、組合運営費に使用され、個々の組合員には配分されておらず、旧公金支出の実体は、漁業権消滅そのものに対する損失補償ではなく、漁業権消滅による減収により不足する組合運営費に対する助成金、寄附金であったと主張する。しかし、旧公金支出が漁業権放棄による減収に伴い不足する組合運営費の助成であるとしても、漁業権放棄による減収に伴う組合運営費の不足は、本件事業に伴う漁業権消滅等により……漁協に生じた損失そのものであり、かかる損失を助成することは、まさに損失補償そのものであり、前記認定を覆すものではない。また、組合員個人に配分されていないからといって、……漁協に対する損失補償であるとの前記認定を覆すものではない。」
〇名古屋地判平成14年2月27日(平成11年(ワ)第295号)
「原告らは、原告らの採捕従事の実績が、C組合とは別個独立に、社会通念上権利と認められる程度にまで成熟したものであり、C組合とは別個独立に補償金の支払いを請求しうる権利を有すると主張する。しかしながら、原告らは、特別採捕許可を受けた主体ではなく、C組合の採捕従事者として、C組合が受けた許可を前提に、その許可の範囲内でしらすうなぎを採捕できるという立場にあるに過ぎないから、原告らのしらすうなぎの採捕の利益は、C組合の一連の採捕事業に由来するものであり、C組合の採捕事業の利益が制限されれば、採捕従事者たる原告らの利益も制限される関係にある。そして、……本件において権利と認めうるのは、特別採捕許可を受けた上でその趣旨を継続して実現してきたC組合の採捕事業であり、採捕従事者である原告ら個人によるしらすうなぎの採捕は、C組合の採捕事業の一端を担うものにすぎないから、原告らの採捕自体を独立して権利と認めることはできない。したがって、原告らが被告に対しC組合と離れて独自に補償を請求することはできないと解せられる。」
〇松山地判平成14年3月15日判タ1138号118頁
「漁業協同組合がその有する漁業権を放棄した場合に漁業権消滅の対価として支払われる補償金は、法人としての漁業協同組合に帰属するものというべきであるが、現実に漁業を営むことができなくなることによって損失を被る組合員に配分されるべきものであるところ……、被告Iを除く本件受領者に対する配分(合計1億5011万8000円)は、水協法・組合定款の定める正組合員としての資格要件を充足していない者に対する配分であることが認められるから、漁業権消滅補償金の性質をないがしろにする反社会的行為として、民法90条の公序良俗に反し無効であるというべきである」。「被告らは、漁業権消滅補償金は終局的には組合員に配分されるべきものであるから……漁協には損害が発生していない旨主張するが、上記のように漁業権消滅補償金は組合員の有する収益権の喪失を補償する目的で支払われるものであり、……漁業補償金の帰属主体である……漁協にとって、収益権を喪失する組合員の利益のために管理処分すべき財産が目的外で処分されている以上、損害が発生していることは否定できないというべきである」。
「被告G及び被告Hは、本件配分基準案に従った配分を行えば、水協法・組合定款の定める正組合員としての資格要件を充足していない者(被告Iを除く本件受領者を含む。)に対しても配分がなされることを認識した上で、本件配分基準案を提出する臨時総会の招集を決定する理事会……に出席し、これに異議をとどめなかったことが認められるから、被告Iを除く本件受領者に対する配分に関し、故意又は過失により、理事としての善管注意義務……ないし忠実義務……に違反して、……漁協に損害を与えたというべきである」。「被告Iは、……理事会開催当時には理事の職にはなかったものの、本件配分基準案の作成に関与した者であり、組合員名簿に記載されている正組合員全員に対して配分を行えば、水協法・組合定款の定める正組合員としての資格要件を充足していない者(被告Iを除く本件受領者を含む。)に対しても配分がなされることを認識した上で、理事の在職期間中……、本件配分委員会において、配分委員長として、組合員名簿に記載されている正組合員全員に対する配分を推進するなどしており、……漁協に損害が発生することを阻止しなかったばかりか、かえって損害発生の原因となるべき行為を積極的に推進していたことが認められるから、被告Iを除く本件受領者に対する配分に関し、故意又は過失により、理事としての善管注意義務ないし忠実義務に違反して、……漁協に損害を与えたというべきである。」
〇福岡高判平成22年2月25日判タ1333号220頁
「控訴人らは、漁業補償金が、漁業権の放棄により損失を被る組合員への補償の趣旨を有することにかんがみれば、その一部でも組合員に配分しないことが不合理といえる場合には、当該総会決議は無効であり、特に、組合員に全く配分しない場合には、原則として当該総会決議は無効であると主張する。しかし、上記のように解すべき法令上の根拠はなく、この点を措くとしても、原判決が適切に説示するとおり、〔1〕被控訴人が、平成12年度から平成13年度にかけて、財務が窮迫していたところ、再建整備委員会において、沖縄県、那覇市、信漁連の各担当者から、本件補償金1を信漁連への返済に充当しないと本件再建計画に協力できないと迫られていたこと、〔2〕平成15年度においても、依然として財務が窮迫していたところ、被控訴人の漁業補償配分委員会において、本件補償金2を増資に充当する旨の方針が立てられていたことからすると、本件各決議が不合理であるとはいえないというべきである。控訴人らの上記主張は、採用することができない。」
X 罰則について
漁業法は、刑罰を科するに値する行為を類型化し、定めています。
本項では、漁業法における罰則規定やこれが適用された事例をQA形式でご紹介します。
Q189.犯罪の成立要件について、簡潔に教えてください。
A. 犯罪とは、構成要件に該当する、違法かつ有責な行為のことをいいます。
「構成要件」とは、刑罰法規において犯罪と予定された行為の型のことをいいます。
構成要件に該当する行為であっても、正当防衛のように、違法性が阻却され、犯罪が成立しないことがあります。
Q190.漁業法に違反する行為に対する正当防衛等の違法性阻却事由が問題となった裁判例はありますか?
A. 以下の判例があります。
〇最判昭和50年4月3日刑集29巻4号132頁
A丸の漁船員である被告人が、あわび密漁船と思料し追跡し捕捉せんとした漁船B丸を操舵中のCの手足を竹竿で叩き突く等の暴行を加え、同人に対し、全治約1週間を要する傷害を負わせた事件につき、原判決が、罰金3000円を言い渡した1審判決を維持し、控訴を棄却したため、上告しました。この事件では、現行犯逮捕のための実力行使が刑罰法令に触れるとして、刑法35条によりその違法性が阻却されないかどうかが争点となりました。
最高裁判所は、以下の通りに判示し、原判決及び第1審判決を破棄し、無罪を言渡しました。
・Cを含むB丸の乗組員は、逃走を始めるまであわびの採捕をしていたものであるが、その場所におけるあわびの採捕は、漁業法六五条一項に基づく岩手県漁業調整規則三五条により、三月から一〇月までの間は禁止されており、Cらの行為は同条に違反し、同法六五条二項、三項に基づく同規則六二条一号の犯罪を構成し、六か月以下の懲役、一万円以下の罰金又はその併科刑が科されるものであることは明らかである。そして、前記の経過によると、漁業監視船D丸は、B丸の乗組員を現に右の罪を犯した現行犯人と認めて現行犯逮捕をするため追跡し、A丸も、D丸の依頼に応じ、これらの者を現行犯逮捕するため追跡を継続したものであるから、いずれも刑訴法二一三条に基づく適法な現行犯逮捕の行為であると認めることができる。
・右のように現行犯逮捕をしようとする場合において、現行犯人から抵抗を受けたときは、逮捕をしようとする者は、警察官であると私人であるとをとわず、その際の状況からみて社会通念上逮捕のために必要かつ相当であると認められる限度内の実力を行使することが許され、たとえその実力の行使が刑罰法令に触れることがあるとしても、刑法三五条により罰せられないものと解すべきである。これを本件についてみるに、前記の経過によると、被告人は、Cらを現行犯逮捕しようとし、同人らから抵抗を受けたため、これを排除しようとして前記の行為に及んだことが明らかであり、かつ、右の行為は、社会通念上逮捕をするために必要かつ相当な限度内にとどまるものと認められるから、被告人の行為は、刑法三五条により罰せられないものというべきである。
Q191.漁業法が犯罪として定めている罪について教えてください。
A. 漁業法は、以下に掲げる犯罪を規定しています。
・採捕禁止に違反して特定水産動植物を採捕した罪(法189条1号)
・禁止に違反して採捕された特定水産動植物又はその製品を、事情を知りながら①運搬し、②保管し、③有償若しくは無償で取得し、又は④処分の媒介若しくは斡旋をした罪(法189条2号)
・特定水産資源の超過採捕等の罪(法190条1号)、採捕停止命令・停泊命令等違反の罪(同条2号)、無許可操業の罪(同条3号)、制限措置違反の罪(同条4号)、条件違反の罪(同条5号)、操業停止違反の罪(同条6号)、無免許操業の罪(同条7号)、禁止漁業違反の罪(同条8号)
・漁業調整委員会等の指示に対する都道府県知事の裏付命令違反の罪(法191条)
・漁獲量等の報告懈怠又は虚偽報告の罪(法193条1号)、電子機器の作動等命令違反の罪(同条2号・3号)、知事許可漁業の条件違反の罪(同条4号)、漁業権貸付けの罪(同条5号)、漁業監督公務員による検査・質問拒否の罪(同条6号)、無許可で土地の形質変更等をする罪(同条7号)、行政庁による検査・質問等拒否の罪(同条8号・9号)
・漁業権等侵害罪(法195条)
・休業届出懈怠の罪(法196条1項1号)、漁具の標識等の設置等命令違反の罪(同項2号)、標識毀損等の罪(法196条2項)
Q192.採捕禁止に違反して特定水産動植物を採捕した罪(法189条1号)について詳しく教えてください。
A. 法令で許されている場合を除いて、何人も特定水産動植物の採捕をしてはなりません(法132条)。
「特定水産動植物」とは、財産上の不正な利益を得る目的で採捕されるおそれが大きい水産動植物であって、当該目的による採捕が当該水産動植物の生育又は漁業の生産活動に深刻な影響をもたらすおそれが大きいものとして農林水産省令で定めるものをいいます。具体的には、うなぎの稚魚(全長13センチメートル以下のうなぎ)、あわび、及びなまこが特定水産動植物として定められています(施行規則41条)。
法132条1項の規定に違反して、正当な根拠なく特定水産動植物の採捕を行った者は、3年以下の懲役、又は3000万円以下の罰金に処されます(法189条1号)。また、上記の違反に係る特定水産動植物又はその製品を、事情を知って運搬、保管、有償もしくは無償で取得、又はその処分の媒介、もしくは斡旋をした者についても、3年以下の懲役、又は3000万円以下の罰金に処されます(法189条2号)。
さらに没収規定(法192条)、懲役と罰金の併科(法194条)、及び両罰規定(法197条)の適用があります。
以下、採捕禁止に違反して特定水産動植物を採捕した罪が問題となった裁判例をご紹介します。
〇札幌高判令和4年2月3日(令和3年(う)第142号)
「本件は、被告人が、共犯者らと共謀の上、5回にわたり、特定水産動植物であるなまこ合計約九百数十キログラムを採捕したという、漁業法違反の事案である。原判決は、被告人らが本件各犯行で密漁したなまこは大量であり、利欲性の高い常習的、職業的犯行であること、水産資源を損ない、漁業生産力に与えた悪影響は大きいこと、被告人は、本件各犯行を企画してメンバーを集め、利益を管理して共犯者らに対する報酬を差配するなどした首謀者であり、その責任は他の共犯者らに比して重いことを指摘し、これらの犯情を併せ考慮すると、被告人の刑事責任は重いというべきであり、その刑責に相応する懲役刑及び罰金刑としなければならないとした上で、検察官の求刑意見につき、罰金額の上限が大幅に引上げられた漁業法の改正の趣旨を考慮しても、罰金1500万円の求刑は過大であって、実質上処罰する趣旨で余罪を考慮した疑いが拭い切れないとし、被告人の反省状況等の事情も考慮すると、懲役2年4月及び罰金750万円に処するのが相当であると説示している。原判決の量刑判断は不合理であるとはいえず、是認できる。」
「この種の犯罪において罰金刑が併科されているのは、利得目的の犯罪において、経済的な側面においても割に合わないことを強く意識させ、それによって再犯防止を図ることに主眼があるから、犯罪収益の剥奪を目的とする追徴を科したとしても罰金刑の併科に影響を及ぼすものではなく、犯行の動機、内容、犯行によって得ようとした収益の金額等も考慮した上で、その利欲性及び悪質性の程度に加えて、再犯防止等の目的を図るための必要性の程度等をも勘案し、罰金刑を併科するかどうかを選択し、併科する場合はその罰金額を量定すべきである。そして、特定水産動植物の採捕を禁止する規定を新たに設け、従来の罰則規定よりも罰金額の上限を大幅に引き上げることで、悪質かつ組織的な密漁を抑止しようとした改正後の漁業法の趣旨も踏まえれば、上記のとおり利欲性が高く悪質な犯行を密漁グループの首謀者として繰り返していた被告人に対し、罰金750万円を併科した原判決の判断はその裁量の範囲内のものといえる。」
漁業法(昭和24年12月15日法律第267号)
第百三十二条(特定水産動植物の採捕の禁止)
1 何人も、特定水産動植物(財産上の不正な利益を得る目的で採捕されるおそれが大きい水産動植物であつて当該目的による採捕が当該水産動植物の生育又は漁業の生産活動に深刻な影響をもたらすおそれが大きいものとして農林水産省令で定めるものをいう。次項第四号及び第百八十九条において同じ。)を採捕してはならない。
2 前項の規定は、次に掲げる場合には、適用しない。
一~四(略)
第百八十九条
次の各号のいずれかに該当する場合には、当該違反行為をした者は、三年以下の懲役又は三千万円以下の罰金に処する。
一 第百三十二条第一項の規定に違反して特定水産動植物を採捕したとき。
二 前号の犯罪に係る特定水産動植物又はその製品を、情を知つて運搬し、保管し、有償若しくは無償で取得し、又は処分の媒介若しくはあつせんをしたとき。
漁業法施行規則(令和2年7月8日農林水産省令第47号)
第四十一条(特定水産動植物)
法第百三十二条第一項の農林水産省令で定める水産動植物は、次に掲げるものとする。
一 うなぎの稚魚(全長十三センチメートル以下のうなぎをいう。)
二 あわび
三 なまこ
Q193.無許可操業の罪(法190条3号)について詳しく教えてください。
A. 大臣許可漁業又は知事許可漁業の許可を有しない者がこれらの漁業を営んだ場合、許可の失効又は取消し後にこれらの漁業を営んだ場合には、無許可操業の罪に該当することになります。
大臣許可漁業については、必ず船舶ごとに許可を受けることとなっているため、許可に係る船舶以外の船舶を用いて当該漁業を営んだ場合は、無許可操業の罪に該当することとなります。また、知事許可漁業についても、船舶ごとに許可を受けなければならないとされている漁業であれば、同様に考えられます。
以下、無許可操業が問題となった裁判例をご紹介します。なお、旧漁業法の判例も含まれていますが、現行法においても同様に解されています。
〇大判昭和3年5月22日大刑集7巻371頁
機船底曳網漁業ヲ営ムニハ許可ヲ受ケタル特定ノ船舶ヲ使用スルコトヲ要シ他ノ船舶ヲ以テスル場合ハ更ニ出願ノ上其ノ船舶ニ依ル漁業ノ許可ヲ受クヘキモノナルコトハ機船底曳網漁業取締規則第三条第十二条等ノ律意ニ徴シ明白
〇大判昭和9年4月26日大刑集13巻540頁
機船底曳網漁業ニ付テハ船舶毎ニ許可ヲ受クルヲ要スルコト機船底曳網漁業取締規則第三条ノ律意ニ徴シ明白ニシテ二艘機船底曳網漁業ニ付テハ各船共ニ許可アルヲ要スルモノナレハ許可ヲ受ケサル船舶ト許可ヲ受ケタル船舶トヲ使用シ二艘機船底曳網漁業ヲ営ムトキハ其ノ行為全体ヲ不可分的ニ観察シ行為ノ全部無許可漁業行為ナリト為スヘキモノニシテ許可ヲ受ケタル船舶ニ関スル部分ヲ分離シ此ノ部分ヲ目シテ許可ヲ受ケタル漁業行為ナリト為スヘカラス
〇仙台高判昭和25年3月14日高刑判決特報13号184頁
「漁業法第三十五條(筆者注:現行法36条1項)は汽船捕鯨業は命令の定むるところにより主務大臣の許可を受くるに非ざれば、これを営むことを得ない旨規定し同條に基いて制定された昭和二十二年十二月五日農林省令第九十一号汽船捕鯨業取締規則第二條には右漁業の許可(大型捕鯨業たると小型捕鯨業たるとを問わない。)を受けんとする者は船舶ごとに申請書を提出すべき旨を規定しているから、汽船捕鯨業を営むにはそれに使用する船舶ごとに主務大臣の許可を要するものであつて、その許可のない船舶によつて汽船捕鯨業を営むことは法律上許されないところと解すべきである。」
漁業法(昭和24年12月15日法律第267号)
第三十六条(農林水産大臣による漁業の許可)
1 船舶により行う漁業であつて農林水産省令で定めるものを営もうとする者は、船舶ごとに、農林水産大臣の許可を受けなければならない。
2、3(略)
第五十七条(都道府県知事による漁業の許可)
1 大臣許可漁業以外の漁業であつて農林水産省令又は規則で定めるものを営もうとする者は、都道府県知事の許可を受けなければならない。
2~9(略)
第百九十条
次の各号のいずれかに該当する場合には、当該違反行為をした者は、三年以下の懲役又は三百万円以下の罰金に処する。
一、二(略)
三 第三十六条第一項又は第五十七条第一項の規定に違反して大臣許可漁業又は知事許可漁業を営んだとき。
四~八(略)
Q194.漁業法に規定された犯罪が成立した際に、犯人の所有物等が没収されることはありますか?
A. 法189条から法191条までの場合においては、犯人が所有し、又は所持する漁獲物、その製品、漁船又は漁具その他水産動植物の採捕若しくは養殖の用に供される物は、没収することができると規定されています(法192条本文)。
「犯人が……所持する」とは、犯人の所有物に限らず、第三者の所有物を犯人が所持する場合もこれに含まれます。ただし、この場合には、刑事事件における第三者所有物の没収手続に関する応急措置法による手続きが必要です。
「その他水産動植物の採捕若しくは養殖の用に供される物」としては、簡易潜水器、漁船に固定されていない集魚灯、魚群探知機等の機器、飼料等の漁業用資材がこれに該当すると考えられています。
漁業法(昭和24年12月15日法律第267号)
第百九十二条
前三条の場合においては、犯人が所有し、又は所持する漁獲物、その製品、漁船又は漁具その他水産動植物の採捕若しくは養殖の用に供される物は、没収することができる。ただし、犯人が所有していたこれらの物件の全部又は一部を没収することができないときは、その価額を追徴することができる。
Q195.漁業法に規定された犯罪が成立した際に、犯人の所有物等が没収できない場合はどうなりますか?
A. 犯人が所有していた物の全部または一部を没収することができないときは、その価額を追徴することができます(法192条但書)。
追徴が問題となった裁判例として、以下の裁判例をご紹介します。なお、旧漁業法の判例も含まれていますが、現行法においても同様に解されています。
〇大判昭和7年7月21日大刑集11巻1123頁
機船底曳網漁業取締規則第十八条ニ於テ犯行ニヨル漁獲物ノ価額追徴ノ規定ヲ設ケタルハ元来該漁獲物ハ之ヲ没収スヘキモノナルモ其ノ之ヲ没収スル能ハサル場合ニ於テハ没収ニ代ヘテ漁獲物ノ価額ヲ追徴スルノ法意ナルコト明白ナルカ故ニ其ノ追徴ハ没収ヲ為スコト能ハサルニ至リタル時及場所ニ於ケル漁獲物ノ価額ヲ標準トシテ之ヲ為スヲ以テ右ノ法意ニ適合スルモノト云ウ
〇福岡高判昭和24年11月2日高刑判決特報6号67頁
「鯖二千百尾の代金四万二千円……は己に被告人等において分配費消して居つて沒收出來ないから、これを追徴したのは相当であるけれ共、漁業法施行規則第六十條第二項(筆者注:当時)の趣旨から見ると、被告人等の各取得額に應じて、これを追徴すべきものと解するのが相当である。」
〇最決昭和49年6月17日刑集28巻5号183頁
「漁業法一四〇条(筆者注:現行法192条)により追徴することができる漁獲物の価額は、客観的に適正な卸売価格をいうものと解するのが相当」である。
〇福岡高裁宮崎支判昭和63年7月19日高検速報(昭和63)171頁
「被告人が原判示の犯行によって採捕した原判示のうなぎは、……被告人が現行犯逮捕された際に逮捕現場において司法巡査によって差し押さえられ、右同……警察署の司法警察員によって生魚であり保管できないとの理由により換価処分に付され、買受人……に対し代金一二万四八〇〇円で売却された後、右換価代金は、宮崎地方検察庁が領置したうえ……、同検察官から同庁歳入歳出外現金出納官吏である検察事務官に提出され、同月二一日検察事務官により日本銀行に預け入れられて引き続き保管されていることが認められる。右事実によれば、右差押えに係るうなぎは、刑事訴訟法一二二条、二二二条一項所定の「没収することができる押収物で保管に不便なもの」として右規定に従い換価処分に付されたものであるから、没収の関係においては法律上被換価物件と同一視すべきものでこれを没収の対象物とすることができるのである」。
「したがって、本件においては、被換価物件である前記うなぎの換価代金は、本件規則三六条二項によりこれを没収すべきものであって、同金額を追徴すべきものではないから、右と異なり、右換価代金を没収することなくこれと同金額を追徴する措置に出た原判決には、本件規則三六条二項の適用を誤った違法があり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、原判決は破棄を免れない。」
〇広島高裁岡山支判平成22年5月12日高検速報(平22)号147頁
「本件船舶は、被告人の出捐の下、その代表者が、速力の上がる船底構造にするよう求めて造船させ、さらに、複数の高出力の主機関、プロペラ等の関連機器を附属させた結果、約45ノットの高速航行が可能となったものである上、高性能のレーダーやGPSが備付けられ、夜間の法定灯火を伴わない航行・操業や海上保安庁の巡視艇の動向の早期察知を可能とするものである。加えて、現実に本件無許可潜水器漁業が上記船舶を使用して営まれたこと、及び、同人が、上記造船の建造者に対しレースに使用する目的であるなどと使用目的を偽っていたことと併せ考慮すれば、上記船舶は、被告人の業務に関し、もっぱら無許可漁業を遂行するために準備され、本件無許可潜水器漁業を営むに際し重要な役割を果たしたものであると認められる。……そして、本件は、上記代表者が、被告人の従業員その他関係者を上記船舶に乗り組ませるなどして、上記船舶を操る者、潜水してたいらぎを採る者、船上でたいらぎを加工する者という役割分担の下で、極めて多量のたいらぎを採捕し、被告人においてその売上を利得したものであって、正しく職業的、組織的な犯行である。その結果、岡山県海域のたいらぎを含む漁業権の管理行政、水産資源の保護培養行政に大きな悪影響を与えている。したがって、本件の犯情は悪質というべきである。」
「所論は、罰金50万円と追徴金が課された被告人から高額の船舶を没収することは犯罪行為と刑罰の均衡を明らかに失するなどと主張する。没収は付加刑であり、主刑である罰金刑との総体としての刑の量について、罪刑の均衡を失しないことが求められると解するべきであるから、没収の対象物の価額が罰金刑の金額を大きく超えるという一事をもって当然に罪刑の均衡を失するものとは解されない。そして、既に検討したとおり、本件の犯情は悪質であり、上記船舶は、もっぱら無許可潜水器漁業を遂行するためにしよう目的を偽るなどして準備され、本件無許可潜水器漁業を営むに際しても重要な役割を果たしたものであること、主刑たる罰金刑については、法定刑の上限である200万円をかなり下回る50万円に止められていることからすれば、本件船体等を被告人から剥奪することによって、被告人関係者や他の何人かによって再び犯罪に用いられることを防止し、この種事犯が経済的にも割に合わないものであることを銘記させるのが相当であり、上記船舶の運搬船としての転用可能性及び価額その他所論指摘の諸事情を十分に考慮しても、被告人から本件船体等を没収した原判決の量刑は、やむを得ないものであって、これが重すぎて不当であるとはいえない。」
Q196.懲役と罰金は併科されることがありますか?
A. 法189条から法191条までの罪及び法193条5号の罪について、法益侵害の程度が大きい情状が認められる場合には、懲役と罰金の併科が認められることがあります(法194条)。
漁業法(昭和24年12月15日法律第267号)
第百九十四条
第百八十九条から第百九十一条まで又は前条第五号の罪を犯した者には、情状により、懲役及び罰金を併科することができる。
Q197.両罰規定とは何ですか?
A. 法人の従業者が漁業法の規定に違反した場合、法人の代表者等の使用者がそのことについて知らなかったことのみをもってその責任を免れるとすると、当該規定の目的を十分に達成したとはいえません。そこで、このような場合には、当該従業者だけでなく、その使用者についても同様に罰することが適当であると考えられます。かかる旨を定める規定を両罰規定といいます。
漁業法は、法197条において、両罰規定を設けています。この両罰規定は、従業者の選任・監督その他違反行為を防止するために必要な注意を尽くさなかった過失を推定する規定であり、使用者等の業務主体において必要な注意を尽くしたことが証明されない限り、業務主体もまた刑事責任を免れないという趣旨であると考えられています。
漁業法(昭和24年12月15日法律第267号)
第百九十七条
法人の代表者又は法人若しくは人の代理人、使用人その他の従業者が、その法人又は人の業務又は財産に関して、第百八十九条から第百九十一条まで、第百九十三条、第百九十五条第一項又は前条第一号若しくは第二号の違反行為をしたときは、行為者を罰するほか、その法人又は人に対し、各本条の罰金刑を科する。
Q198.両罰規定に関して判断した裁判例について教えてください。
A. 以下の判例・裁判例があります。
〇最判昭和32年11月27日刑集11巻12号3113頁
「所論は、廃止前の入場税法一七条の三(但し昭和二二年法律第一四二号による改正前の条文)のいわゆる両罰規定は、憲法三九条に違反すると主張する。しかし、同条は事業主たる、人の「代理人、使用人其ノ他ノ従業者」が入場税を逋脱しまたは逋脱せんとした行為に対し、事業主として右行為者らの選任、監督その他違反行為を防止するために必要な注意を尽さなかつた過失の存在を推定した規定と解すべく、したがつて事業主において右に関する注意を尽したことの証明がなされない限り、事業主もまた刑責を免れ得ないとする法意と解するを相当とする。それ故、両罰規定は故意過失もなき事業主をして他人の行為に対し刑責を負わしめたものであるとの前提に立脚して、これを憲法三九条違反であるとする所論は、その前提を欠くものであつて理由がない。」
〇札幌高判昭和56年4月24日刑月13巻4号370頁
漁業「法一四五条(筆者注:現行法197条。以下同じ。)が法人の代表者又は法人若しくは人(「以下「事業主」という。)の代理人、使用人その他の従業者が、事業主の業務又は財産に関して、同条に挙示する同法一三八条(筆者注:現行法190条。以下同じ。)等の違反行為をしたときは、行為者を罰する外、事業主に対し各本条(同法一三八条等)の罰金刑を科する旨規定しているのは、事業主に対しては各本条所定の懲役刑を科さないという意味にとどまるのであって、事業主を罰金で処罰する根拠となる基本の法条が各本条であることは否定できないし、刑法二〇条は、特別の規定がない限り没収を科しえない罪として「拘留又は科料のみに該る罪」を掲げているにすぎないから、事業主に対し、主刑である罰金刑を科した場合にその付加刑である没収の言渡をできないとする理由はなく、ことに、事業主は、その従業者に対する選任監督上の過失という事業主自身の過失責任によって処罰を受けるのであって、他人の犯罪行為責任の転嫁によるものではなく、この理は没収についても同様であり、従って、漁業法一四〇条(筆者注:現行法192条)にいう「犯人」には同法一四五条のいわゆる両罰規定の適用を受ける事業主を含むと解するのが相当である」
Q199.漁業法は行政上の秩序罰を定めていますか?
A. 「過料」とは、刑罰である罰金や科料とは異なり、行政上の義務の違反に対して、秩序維持の見地から課される行政上の秩序罰のことをいいます。
法198条は、法21条4項等の規定による届出を怠った者に対して、10万円以下の過料に処する旨を定めています。
漁業法(昭和24年12月15日法律第267号)
第百九十八条
第二十一条第四項、第二十二条第四項、第四十八条第二項、第四十九条第二項(第五十八条において準用する場合を含む。)又は第八十条第一項の規定による届出を怠つた者は、十万円以下の過料に処する。