飲食事業において、事業用建物の賃貸借終了時に原状回復義務が問題となった裁判例

 

 飲食店店舗等を営むため、事業用建物を賃貸借し、賃貸借契約終了時に建物の原状回復義務について問題となった裁判例をご紹介します。
 なお、裁判例の紹介においては通常、原告をX、被告をYと表記することが多いのですが、本記事では賃貸借関係が分かりやすいように、どの事案においても、貸主=X、借主=Yとして表記しています。

カフェを営んでいた借主の原状回復義務(東京地判平成29年11月28日)

 カフェらしい店舗にするため、借主がかなり大規模な内装及び外装工事を行った事案です。
 賃貸借終了後、貸主が様々な工事を行い、それらがすべて「原状に回復するため」の工事であり、借主が原状回復義務として費用負担すべきものであるかが問題となりました。

事案の概要

YはXから本件建物を賃借し、カフェを営んでいた。

Yの行った工事は以下のとおり、

内装工事:本件建物の2階床に穴を開けてらせん階段の取り付け
外装工事:店舗の外装を白色にするために、ガラス製の装壁材の取り付け

賃貸借終了後、Xは、各種原状回復工事を行い、工事費用について原状回復義務に基づき支払を請求した。

問題となったのは、

①2階サッシガラスの交換

②外壁タイル等の補修

③内装解体

④2階アルミ庇取り付け及び1階正面自動扉撤去

⑤2階床補修

⑥1階裏口外壁工事

である。

Xは上記6点について、これらはYが原状回復義務として費用負担すべきものであると主張した。

なお、賃貸借契約における原状回復義務条項については、「YはYの所有物およびYが附設した諸造作等を、自費により撤去し、本件建物をスケルトンの状態に復して明け渡す」と規定されていた。

判断の内容

①2階サッシガラスの交換 

→ Xの負担

Xは、2階サッシガラスについて、Yの行ったらせん階段のための内装工事によってひび割れが生じ、交換せざるを得なくなったものであるから、Yが負担するべきと主張する。

しかし2階サッシガラスのひび割れについては、Yが賃借する前から本件建物に取り付けられていたものの補修であり、これがYの行ったらせん階段のための内装工事によって生じたと認めるに足りる証拠はなく、Yが通常の範囲を超えた方法で本件建物を使用したことによって生じたものとは認められない。

②外壁タイル等の補修、④のうち2階アルミ庇取り付け

→ Yの負担

Yが賃借する前から本件建物に取り付けられていたものの補修であっても、Yがガラス製の装壁材を取り付けたことにより補修が必要となったものといえる。

③内装解体、④のうち1階正面自動扉撤去、⑤2階床補修、⑥1階裏口外壁工事 

→ Yの負担

Xの行った工事のうち、Yが本件建物に施工した工作物または装飾の撤去またはそれに伴う原状回復にあたるものといえる。

コメント

借主において賃借後に建物に取り付けたものがあれば、これを撤去することは、原状回復義務の範囲内であるといえるのが通常です。
また、借主が取り付けたものによって、建物やその付属物に損害を与えてしまった場合には、その補修にかかる費用もまた、借主の負担となるのが通常です。


ラーメン店を営んでいた借主の原状回復義務(東京地裁平成23年6月9日)

 原状回復義務として、コンクリート打放し状態、いわゆるスケルトン状態にすること、との条項が定められていた事案です。

事案の概要

YはXから本件建物の本件貸室を賃借し、ラーメン店を営んでいた。

賃貸借契約における原状回復義務条項については、

Yは自ら設置した内装・設備をその負担において撤去した上、コンクリート打放し状態に回復しなければならない

Yが原状回復義務を怠り、1か月が経過したときは、Xは任意にYの費用でYがした造作、設備その他の物品を撤去し、かつ、破損個所を修理の上、原状回復することができる

とされていた。

賃貸借契約終了後、Yは、新築の建物であればともかく、築後10年近く経過してから賃借した本件建物について、いわゆるスケルトン状態にして原状回復する旨定める条項は公序良俗(民法90条)に反して無効であるとして、原状回復工事を行わなかった。

判断の内容

・飲食店として使用することを目的とした会社間の賃貸借契約である

・原状回復の範囲が公正証書によって明記されている

・Yは契約の内容を受け入れて賃借したという経緯が認められる

以上に照らすと、コンクリート打放し状態(いわゆるスケルトン状態)に原状回復する義務を負わせる旨の合意が公序良俗に反するものとはいえない

→ Yの負担

コメント

事業用建物の賃貸借契約においては、スケルトン状態にして建物を返還すること、という内容の賃貸借契約が締結されることが少なくありません。

住居用の建物の賃貸借の場合、貸主(不動産事業者)と借主(個人)の間では、知識や交渉力について大きな差があるため、借主に過大な負担を課す原状回復義務は無効とされることもありえます。
しかし、事業用建物の賃貸借の場合は、対等な立場の事業者間の契約であるため、契約の内容は原則として自由です。
そのため、本件のように、築後10年近く経過してから賃借した建物について、いわゆるスケルトン状態にして原状回復する旨定める条項も、何か特別な事情がない限り、有効となることが多いといえるでしょう。


ファーストフードのチェーン店の原状回復義務(東京地判平成24年11月19日)

 あらかじめ原状回復にかかると見積もられていた額より、遙かに高額の原状回復費が請求された事案です。
 裁判では、そもそも見積額を超えた分の工事は、原状回復工事といえる内容だったのか、が問題となりました。

事案の概要

ファーストフードのチェーン店Yは、不動産会社Xから店舗用建物を賃借していた。

賃貸借契約における原状回復義務条項については、

「契約終了時には、YはYが施工した造作・間仕切・建具その他をYの費用をもって撤去し、本件建物をXに返還する」

「もしYが上記の施工をなさずに明け渡したときは、XがYに代わりこの原状回復工事を施工することができるものとし、これに要した費用は、敷金をもって充当することができる」

とされていた。

本件賃貸借契約を解約するに先立ち、X、Yは原状回復にかかる費用につき回復工事の請負会社Aより見積もりをとった。

その結果、

・原状回復費用は575万5000円

・Yは原状回復について見積額の通りの負担を負う

・かかる金額は敷金から充当する

との合意が、XY間で書面によりされた。

しかし後日、Xは原状回復工事に見積もりより多くの費用が掛かったとして、それらについても敷金から充当しようとしたため、YがXの行った工事は原状回復義務の範囲を超えるものであると主張して、敷金返還請求をした。

判断の内容

Xが行った工事はいずれも、Yが本件賃貸借契約に基づき本件建物を使用するにあたり、当時の現況を変更したために必要になった工事であるとは認め難く、Yが施工した造作・間仕切・建具その他を撤去する工事に当たるものとは認められない。

→ Xの負担(Yの負担は合意書面通り575万5000円のみ)

コメント

Xが行った工事は、床板補強工事・外壁塗装工事・屋上の防水や鉄骨の補強工事など、通常の原状回復工事には含まれないものが、多く含まれていました。
このような建物そのものを改良・維持するための工事費用まで、原状回復費用として借主が負担することはないのが通常でしょう。


寿司店を営んでいた借主の原状回復義務(東京地判平成26年2月25日)

 寿司店を営むにあたり造り付けたカウンター等の設備につき、撤去せず残置したままでよい、との原状回復義務を免除する旨の合意があり、これが適用されるかが問題となった事案です。

事案の概要

Yは寿司店を営むにつき、Xから従前も飲食店として使われていた本件建物を賃借した。賃貸借契約における原状回復義務条項については、

「本件建物を原状のまま使用するものとし、本件建物又は造作の模様替えの必要を生じた場合は、あらかじめXの書面による許可を得て行う」

「明渡しの際はYが自費をもって原状に復すか、あるいは無償にて残置すればよい」

とされていた。

判断の内容

・本件建物の改装・改修工事につき、YはXから書面による許可は得ていなかった

・しかし、書面がなかったとしても、Xが承諾をすれば、その承諾は合意としての効力を有する

・XはYによる改装・改修工事につき認識していたが、これらに対し一度も苦情を申し入れたことはなかったというのであるから、XはYによる改装・改修工事につき承諾していたものと認めることができる

→ 本件建物の改装・改修工事はXの許可のあるものであるから、Yは賃貸借契約における原状回復義務条項に従い、無償にて残置すれば足り,それ以上の原状回復義務を負わない。

コメント

原状回復義務の(一部)免除の合意について、本件ではその前提として、建物や造作へ変更を加える際は貸主の同意を得ること、としていました。
実際には、書面による貸主の同意はありませんでしたが、裁判所は、貸主が、建物が実際に変更されているのを認識しても何も苦情を言わなかった点を指摘し、変更について承諾していたものと判断しています。


韓国料理店を営んでいた借主の原状回復義務(東京地判平成27年11月24日)

 賃貸借契約終了後、元・借主が原状回復しないでいる間に、貸主が建物を第三者に売却し、この買い受けた第三者が原状回復工事をすべて完了させてしまった事案です。
 すでになすべき「原状回復」が終了してしまっても、元・借主の原状回復義務は消滅しないのか、が問題となりました。

事案の概要

YはXから本件建物を賃借し、韓国料理店を営んでいた。

賃貸借契約における原状回復義務については、下記のとおり規定されていた。

「Yは、本件建物内の内装造作、又は、付属物件の新設、撤去等、全て原状を変更するときは、あらかじめ計画書面を提出し、Xの承諾を得る」

「Xの承諾を得て施した建具・その他造作・模様替え等は、賃貸借契約終了の場合においては、買取請求権を放棄することを承認し、直ちに本件建物の撤収をなし、原状回復の義務を負う」

「解約時にはYが施した設備等は撤去し、原状回復して明け渡す」

「ただし、XとY協議の上、原状回復しなくてもよい場合は書面にて内容に残す」

賃貸借契約終了後、本件建物はYもXも原状回復を行わないまま、Aに売却された。

そこでAが費用を負担し、原状回復工事を行った。

するとYは、Xは自ら費用を負担して原状回復工事を行ったのではないし、また将来、原状回復工事費用を支出する可能性もなくなったのだから、Yにおいても原状回復義務は消滅した、と主張した。

判断の内容

・Yは韓国料理店を営むため、本件建物に変更を加えた

・そのため、変更した箇所につき原状回復義務を負うところ、退去時にこれを行わなかった

・これにより、Aは相当程度の工事を余儀なくされた

・このような事情は、XA間の売買代金にも反映されたと考えられる

よって、Yが原状回復義務を負う各箇所及び費用相当額に照らし、少なくともその金額については、Yの原状回復義務は消滅していないというべきである。

コメント

借主が原状回復を行わない場合、貸主が代わりにこれを行い、かかった費用について借主に請求することがあります。

この場合、借主は本来自分が負担するべき費用について貸主に負担してもらっているのですから、かかった費用につき貸主に支払う義務があることは明白です。

では、原状回復を、貸主から不動産を購入した第三者が行った場合はどうなるのでしょうか?

この点に関して、裁判所は、以下の2点から、借主Yの貸主Xに対する原状回復費用の支払義務を肯定しました。

・Yが原状回復工事をしなかったために、建物購入者Aが代わりに工事を行わなければならなかったこと

・そのような事情が、XA間の建物売買代金にも反映されたこと(つまり、その分、貸主Xは建物を安く売ったこと)


焼肉店を営んでいた借主の原状回復義務(東京地判平成24年6月29日)

 賃貸借契約において、契約終了時の原状回復義務の内容として、「造作等を放棄すること」との合意がなされていた事案です。
 賃貸借契約が終了して建物が明渡しされた後、建物内に借主の所有物が残置されていることがあります。
 このような場合、貸主が借主に無断でこれを処分してしまうと、所有権の侵害になるおそれがあります。
 そこで、現在の一般的な賃貸借契約の中では、貸主がそのような残置物につき任意で処分できる旨、定めていることが多いのです。

 本件における「造作等を放棄する」もこれにあたるものと考えられますが、ではどのような場合に「放棄した」といえるのか、が問題となりました。

事案の概要

YはXから本件建物を賃借し、焼肉店を営んでいた。

賃貸借契約における原状回復義務条項については、

「YはYの施した造作等を放棄すること」

「本件建物についてはスケルトンにして返還すること」

と定められていた。

賃貸借契約終了後、Yは原状回復工事を行わなかった。

そこでXは、Yの施した造作等をそのままにしたまま、本件建物を新たな飲食事業者Aに賃貸した。

Yは、XはYの施した造作ごとAに賃貸することにより、不当に利益を得ている、あるいはYの所有権を侵害していると主張した。

判断の内容

本件賃貸借契約においては、Yは契約終了時に

・造作等につき放棄する

・建物はスケルトンにして返還する

旨、定められている。

しかしYは、

・Xから私物・残置物について搬出、処分等行うように伝えられ、そのための猶予を与えられてもなお、私物等の引き上げを行わなかった

・原状回復工事を行わなかった

・Xに対し、造作等の再利用のための回収について連絡することも無かった

よって、Yは本件建物に施した造作等の所有権を放棄したと認めることが相当であり、Xがそれらの造作等をそのままにしてAに賃貸したとしても、Xが不当に利益を得ている、あるいはYの所有権を侵害しているものとは認められない。

コメント

本件では「造作等は放棄する」という文言が契約書に明記されていたことのほか、

・XがYに対し、私物等につき処分するか搬出するよう求めていたこと

・YはXから処分、搬出のための日程的猶予まで得ていたが、行わなかったこと

・造作等の再利用のための回収についての連絡などは無かったこと

等の事情も考慮され、Yは造作等の所有権を放棄しており、よってXが造作等についてそのままにしたまま、新たな借主に建物を賃貸したとしても法的に問題はない、と判断しました。

また、そもそもスケルトンにすることが「原状回復」とされていたため、本来であれば造作等についても撤去しなければならないところ、それを行わず放置していた点も、造作等の所有権を放棄していたと認めることの出来る事情として考慮されています。

特に不動産オーナーの立場からは、原状回復義務について、その具体的な内容や範囲を定めることのほか、もし借主が義務を行わなかった場合にどのような対処が可能かについても対策を考えておくことが重要です。


ビル内の飲食コーナーを賃借してカフェを営業していた借主の原状回復義務(東京地判平成27年3月12日)

 「原状に復する」とは、いったいどの程度まで行うことをいうのか?が問題となった事案です。
 賃貸借契約書には原状回復についての条項があったのですが、まさに「原状に復して」としか書かれていなかったため、問題となりました。

事案の概要

YはXから本件建物内の飲食コーナーを賃借し、カフェを営んでいた。

賃貸借契約における原状回復義務条項については、

「Yは使用していた場所、設備、什器、器具類を原状に復してXに引き渡す」

とされていた。

賃貸借契約終了後、Yは「本件飲食コーナーを汚損・破損したことはない」と主張し、原状回復工事を行わなかった。そこでXが原状回復工事の実施を求めた。

判断の内容

Xの求めている原状回復とは、

・Yが設置した造作の撤去

・汚損部分についての修復

にすぎず、本件契約当初の状態に戻すことまで要求しているものではない。

本件原状回復条項及び、本件においては営業用物件の原状回復義務が問題とされていることからすると、Xが本件飲食コーナーを別の業者に利用させるにあたって、支障がない程度の汚損の修復を求めることは、原状回復義務として不相当とは言い難い。

コメント

本件では、以下の事情から貸主Xの主張が認められました。

・Xの要求が決して過大なものではなく、あくまで長年飲食業を営んでいれば当然発生する程度の汚損や破損について原状回復を求めるものであったこと

・事業用の物件であり、同種の事業を行う次の飲食事業者に賃貸することが想定でき、そのために支障がない程度に汚損の修復を求めることは相当であるといえること

 

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