所在不明株主の株式の処理・取得等について(3)~経営承継円滑化法が定める会社法の特例~
はじめに
現在、わが国では、経営者の高齢化が進んでおり、「事業承継」を要する中小企業の数は年々増加していっています。
しかし、中小企業そのものやその技術・資産・人財等を次代に受け継ぎたいと思っても、所在不明株主の存在により、円滑な事業承継が阻害される場合があります。
中小企業の事業承継を総合的に支援するため、「中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律」(経営承継円滑化法)が制定されていますが、今般、同法が改正され、「所在不明株主に関する会社法の特例」が新設されました(2021年8月に施行)。
この改正により、所在不明株主に関する問題点を解決し、円滑な事業承継の実現につながることが期待されています。
本記事では、この所在不明株主に関する会社法の特例について概説します。
問題の所在:所在不明株主の存在
株主名簿に記載はあるものの、連絡が取れなくなり、所在不明になってしまっている株主を一般的に「所在不明株主」といいます。所在不明株主の問題については、大きく分けて以下の2つの対応策が法律上認められていました。
所在不明株主の株式の買取等(会社法197条・198条)
所在不明株主の株式を第三者に売却し、又は自社で買い取るという方法です。しかし、通常は、売却・買取までに時間がかかります。この方法については、下記の記事をご参照ください。
→ 所在不明株主の株式の処理・取得等について(1)
特別支配株主の株式等売渡請求(会社法179条以下)、株式併合(会社法180条以下)
いわゆるスクイーズアウト(少数株主の有する株式を、大株主が強制的に取得する手続きのこと)と呼ばれる手続きです。少数株主を強制的に会社から締め出すことができます。しかし、所在不明株主が少数株主でない場合には利用できません。この方法については、下記の記事をご参照ください。
→ 所在不明株主の株式の処理・取得等について(2)
経営承継円滑化法上の会社法特例
今般、経営承継円滑化法が改正され、上記のうち所在不明株主の株式の買取等について、一定の要件を充たす場合に、売却・買取までの時間を短縮することが可能になりました。
会社法上の要件
所在不明株主の株式について買取等をするためには、会社法上、以下の4つの要件をいずれも充たす必要があります(会社法197条・198条)。
① 株主への通知および催告を省略できること(株主への通知又は催告が5年以上継続して到達しない
こと)(会社法197条1項1号、196条1項)
② その株主が継続して5年間剰余金の配当を受領しなかったこと(会社法197条1項2号)
③ その株主その他の利害関係人が一定期間(3か月以上)内に異議を述べることができる旨等を公告し、
かつ個別に催告すること(会社法198条1項)
④ 裁判所の手続を経ること(競売、又は裁判所の売却許可)(会社法197条1項柱書、2項第一文後段)
会社法上の各要件については、記事「所在不明株主の株式の処理・取得等について(1)」においてご説明していますので、ご参照ください。
従前は、要件①②を充足するまでに5年間かかっていたため、迅速に対応することが難しい状況でした。
今回の改正により、経営承継円滑化法の要件を充たす場合には、この「5年」を「1年」に短縮できることになりました。
経営承継円滑化法上の対象・要件・手続・効果
<対象>
(会社である中小企業者であること)
中小企業基本法上の中小企業者であればこの要件を充たします。その他、施行令により、一定の会社・個人にも範囲が拡大されています。
(上場会社等でないこと)
金融商品取引法2条16項に規定する金融商品取引所に上場されている株式等を発行している株式会社は対象外です。
<要件>
(経営困難)
代表者が年齢、健康状態その他の事情により、継続的かつ安定的な経営が困難であるため、事業活動の継続に支障が生じている場合、「経営困難」と認められます。 たとえば、以下のいずれかのような場合です。
・申請者の代表者の「年齢」が満 60 歳を超えている場合
・申請者の代表者の「健康状態」が日常業務に支障を生じさせている場合
・代表者以外の役員や幹部従業員(基幹工場の工場長等、いわゆる番頭)が病気や事故で倒れてしまった場合
・外部環境の急激な変化によって突然業績が悪化した場合
(円滑承継困難)
一定以上の議決権割合を有する所在不明株主の存在により、代表者以外の者(株式会社事業後継者)への経営の円滑な承継が困難である場合、「円滑承継困難」と認められます。
たとえば、以下のいずれかのような場合です。
認定申請日時点で株式会社事業後継者が定まっている場合
・所在不明株主が一定割合以上の株式を保有するために、株式譲渡や事業譲渡、会社分割等による事業承継に必要な議決権割合を、株式会社事業後継者が充たせないような場合
認定申請日時点で株式会社事業後継者が定まっていない場合
・所在不明株主が一定割合以上の株式を保有するために、そのままでは必要な株式集約に支障が生じるおそれがあるような場合
なお、中小企業庁の申請マニュアルでは、場面ごとの具体的な数値が示されていますので、ご参照ください。
https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/shoukei_enkatsu/kaisha-hou_manual.pdf
<手続>
(経済産業大臣の認定)
以上の要件を充たす非上場の中小企業は、会社法の特例に関する経済産業大臣の認定を受けることができます。
認定の申請先は、主たる事務所所在地の都道府県です。中小企業庁の該当ページに、具体的な必要書類・手続が載っています。
https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/shoukei_enkatsu.html
(経営承継円滑化法上の異議申述手続)
経済産業大臣の認定を得た場合、会社法の要件③(異議申述手続)に加えて、それに先立ち、特例措置によることを明示して、株主その他の利害関係人が一定期間(3か月以上)内に異議を述べることができる旨等を公告し、かつ個別に催告する必要があります。
<効果>
以上の対象・要件・手続をすべて充たした場合、会社法上の要件を充足するために必要な期間である「5年」を「1年」に短縮することが認められます。
つまり、「①株主への通知および催告を省略できること(株主への通知又は催告が5年以上継続して到達しないこと」については、株主への通知・催告が「1」年以上継続して到達しないことで充足されます。
また、「②その株主が継続して5年間剰余金の配当を受領しなかったこと」については、その株主が継続して「1」年間剰余金の配当を受領しなかったことで充足されます。
まとめ
以上のとおり、所在不明株主に関する会社法の特例に関する要件・手続等をご説明しました。
円滑な事業承継やM&Aを実現するため、この特例を上手く活用していただければと思います。