令和3年民法改正と遺産分割の期間制限

はじめに

 これまで民法では、遺産分割をなすべき期間は定められておらず、相続開始後遺産分割がなされないまま長期間が経過することも多かったと考えられています。しかし、遺産分割がなされないまま数次相続が発生すると、相続人の増加に伴って相続財産の管理・処分は益々困難を極めることになり、ひいては所有者不明土地問題を深刻化することに繋がりかねません。
 そこで、民法等の一部を改正する法律(令和3年法律第24号。令和3421日成立、同月28日公布)では、相続開始後長期にわたって遺産分割がなされず放置されてきた場合でも、簡明に遺産分割を実施できるようにするための規定(改正民法904条の3)が設けられることになりました。以下では、遺産分割、及び新設された遺産分割の期間制限に関する規定について概観していきます。
 なお、遺産分割の期間制限に関する規定は令和541日施行であり、本記事において用いられる「改正民法」とは同日において上記改正法が施行された後の民法を指しますが(「改正家事事件手続法」も同様)、本記事で取り上げる遺産分割に関する各規定は、遺産分割の期間制限に関する規律を除いて、現行民法(現行家事事件手続法)においても既に取り入れられている制度です。

遺産分割とは

制度概要

 相続人が複数いる場合、それらの者の間で共同相続が開始することになります。そして、共同相続においては、被相続人の遺産は過渡的に相続人間の共有とされます(改正民法8981項:遺産共有状態)。これを相続分に応じて分割し、各相続人の単独財産に帰するのが遺産分割です。
 遺産分割の方法としては、共同相続人間の協議(改正民法9071項)によるほか、遺言による遺産分割方法の指定(改正民法9081項)や、協議が調わない又は協議をできない場合における家庭裁判所に対する遺産分割請求(改正民法9072項本文、職権による付調停あり(改正家事事件手続法2741項))が存在します。

遺産分割の基準となる相続分

 改正民法900条、901条には法律で定められた法定相続分が、改正民法902条には遺言によって指定される指定相続分が定められています。しかし、これらの相続分を基準として遺産分割を行うとすれば、被相続人の生前において、その財産を維持・増加させるような特別の寄与をしてきた者、或いは逆に被相続人から財産の遺贈・贈与を受けていた者と他の相続人との間で不公平を生じさせることになりかねません。
 そこで、改正民法903条及び904条の2では、相続人間の実質的な公平を図るため、各相続人の個別的な事情(特別受益、寄与分)を考慮した相続分、すなわち具体的相続分の算定方法が規定されています。

改正内容~遺産分割の期間制限~

概要

 改正民法904条の3は、以下のとおり定めています。

(期間経過後の遺産の分割における相続分)

第九百四条の三 前三条の規定は、相続開始の時から十年を経過した後にする遺産の分割については、適用しない。ただし、次の各号のいずれかに該当するときは、この限りでない。

一 相続開始の時から十年を経過する前に、相続人が家庭裁判所に遺産の分割を請求したとき。

二 相続開始の時から始まる十年の期間の満了前六箇月以内の間に、遺産の分割を請求することができないやむを得ない事由が相続人にあった場合において、その事由が消滅した時から六箇月を経過する前に、当該相続人が家庭裁判所に遺産の分割の請求をしたとき。

 この規定で述べられている「前三条の規定」は、上で触れた特別受益(改正民法903条、904条)と寄与分(改正民法904条の2)の規定を指しています。つまり、改正民法904条の3の柱書本文は、被相続人の死亡によって相続が開始した後10年間遺産共有状態が継続され、10年を経過した時点でようやく遺産分割がなされるという場合、その基準として、各相続人の個別事情である特別受益や寄与分を考慮した具体的相続分を前提にする必要はないということを意味しています。
 ただし、改正民法904条の3の柱書の「ただし書」から導かれる1号又は2号に該当する事由が存在する場合には、なお特別受益と寄与分の規定の適用がありますので、注意が必要です。

趣旨・目的

 長く遺産分割がなされないと、相続人の具体的相続分の算定に当たって考慮される特別受益や寄与分に関する記憶が薄れるなどして、遺産分割の困難の程度が増す一方となります。そうなると、遺産分割への着手から気持ちが遠退いて遺産共有状態が解消されず、結局相続財産の管理・処分がなされないまま放置されることは少なくありませんでした。
 そのため、この度の改正によって、相続開始から長期間が経過した場合であっても遺産分割を簡明に行うことのできるよう、具体的相続分に関する規定の適用が排除され、各相続人の相続分の算定を法定相続分に従った画一的な処理に委ねる規定が新設されたものと考えられます。そして、これにより、遺産分割が円滑に実施されるように促すことで、所有者不明土地の発生を予防するとともに、遺産共有状態下で存在した相続財産の管理・処分の困難等を軽減して、その利用を促進することが期待されています。

留意点

① 相続開始後10年経過後も具体的相続分による遺産分割は可能
 改正民法904条の3は、上述のような趣旨・目的で新設されることになりましたが、共同相続人間の合意で、相続開始後10年間が経過した後になされる遺産分割の基準として具体的相続分を用いることまで否定された訳ではありません。そのため、同条各号に該当する事由がない場合でも、具体的相続分に基づく遺産分割の可能性は残されているといえます。

② 相続開始後10年経過後も相続財産の分割は遺産分割による
 改正民法904条の3は、遺産分割を簡明にするための規定であり、相続開始から10年が経過したとしても、相続財産を共有物分割の方法(改正民法256条以下)で分割することが認められたわけではありません。そのため、相続財産はあくまで遺産分割手続によって分割される必要があります。
 例えば、遺産の分割は、遺産に属する物又は権利の種類及び性質、各相続人の年齢、職業、心身の状態及び生活の状況その他一切の事情を考慮してなされることになります(改正民法906条)。また、被相続人の配偶者が、相続開始時において、被相続人の財産に属した建物に居住していた場合には、当該建物につき配偶者居住権を設定することが可能です(改正民法102811号)。

③ 改正民法904条の3には経過措置が設けられている
 上記改正法の附則の3条は、改正民法904条の3が、施行日である令和541日より前に相続が開始した遺産分割についても適用されることを定めています。
 この場合、改正民法904条の3の1号及び2号の規定は以下のとおり変更されます(下線部が変更箇所です)。 

一 相続開始の時から十年を経過する時又は民法等の一部を改正する法律(令和三年法律第二十四号)の施行の時から五年を経過する時のいずれか遅い時までに、相続人が家庭裁判所に遺産の分割を請求したとき。

二 相続開始の時から始まる十年の期間(相続開始の時から始まる十年の期間の満了後に民法等の一部を改正する法律の施行の時から始まる五年の期間が満了する場合にあっては、同法の施行の時から始まる五年の期間)の満了前六箇月以内の間に、遺産の分割を請求することができないやむを得ない事由が相続人にあった場合において、その事由が消滅した時から六箇月を経過する前に、当該相続人が家庭裁判所に遺産の分割の請求をしたとき。

 つまり、施行日より前に開始した相続の場合は、経過措置として、相続開始時から10年の期間とは別に、少なくとも施行時から5年の猶予期間が設けられているということです。
この場合、具体的相続分による遺産分割をするためには、①相続開始時から10年経過時又は改正法施行時から5年経過時のいずれか遅い時までに、相続人が家庭裁判所に遺産分割請求をするか、②相続開始時から10年の期間(10年の期間満了後に施行時から5年の期間が満了する場合にはその期間)満了前6か月以内に、遺産分割請求をすることができないやむを得ない事由があった場合には、その事由が消滅した時から6か月経過 前に、相続人が家庭裁判所に遺産分割請求をしなければなりません。

おわりに

 以上見てきましたように、この度の改正により、遺産分割未了の状態が長期化した場合に取り得る選択肢が増えることになりました。この制度が今後有効かつ適切に運用され、その先にある所有者不明土地問題の解決にまでつながることが期待されます。
 なお、本記事は新設される改正民法904条の3の概要を扱ったものに過ぎませんので、何かご不明な点等がございましたら、弁護士など、専門家の方にご相談されることをお勧めします。

遺産分割について期間制限が新設される契機となった所有者不明土地問題とその対応策を纏めた法務省民事局作成の資料『所有者不明土地の解消に向けた民事基本法制の見直し』(令和312月)については、ここからご覧いただけます。

https://www.moj.go.jp/content/001362336.pdf

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