飲食店舗のM&Aと賃貸借契約におけるCOC(チェンジ・オブ・コントロール)条項

飲食店舗のM&A

 一般的にM&Aの方法としては、株式譲渡等による株式の取得、事業譲渡、合併、会社分割、株式交換、株式移転がありますが、飲食店の店舗のM&Aについては、株式譲渡か事業譲渡によることが多いといえます。
 この記事では、株式譲渡か事業譲渡により、飲食店の店舗をM&Aの対象とする場合における、賃貸借契約の問題点を検討します。

賃貸借契約の問題-賃借人の地位の移転の有無

 飲食事業者は、店舗の所有者と賃貸借契約を結び、飲食店舗を賃借していることが多いでしょう。その場合、飲食店舗をM&Aの対象としたとき、その方法によって、飲食店舗の賃借人の地位が移転するか否かが異なります。
 具体的には、株式譲渡の場合、譲渡対象となる会社の支配権は譲渡人から譲受人に移転しますが、その会社が運営する飲食店舗の賃借人はその会社のままですので、原則として賃借人の地位は移転しません。
 これに対して、事業譲渡による場合、賃借人の地位は、譲渡人から譲受人に移転します。
 以下では、賃借人の地位の移転がない場合とある場合にわけて、それぞれの法律関係を整理します。

賃借人の地位の移転がある場合

《 賃貸人の同意 》

 賃貸借契約において、賃借人は、賃貸人の承諾を得ない限り、賃借権を譲渡することはできないのが原則です(612条2項)。
 飲食店の店舗をM&Aの対象とする場合、事業譲渡によるときは、その店舗の運営主体は譲渡人から譲受人に移転します。その際、譲渡人(旧賃借人)は賃貸借契約関係から離脱することになり、譲受人が新賃借人となります。つまり、賃借人の地位は譲渡人から譲受人に移転します。これは賃借権の譲渡にあたります。
 そのため、事業譲渡等に先立ち、譲渡人(旧賃借人)は賃借権の譲渡について賃貸人の同意を得る必要があります。

 ※ なお、賃貸借契約にCOC条項が定められている場合には、COC条項違反も別途問題となりますが、ここではCOC条項の規定がない場合を前提として検討します。

《 敷金・保証金の承継 》

 賃貸人の同意を得て賃借権の譲渡を行った場合、敷金・保証金関係は承継されるのでしょうか。
 敷金・保証金関係が承継される場合は、従前旧賃借人(譲渡人)から差し入れられていた敷金は、新賃借人(譲受人)の賃貸借契約に基づく債務も担保することになり、新賃借人(譲受人)は、賃貸人に新たに差し入れるべき敷金・保証金の額を抑えることができます。
 判例は、「敷金交付者(旧賃借人)が、賃貸人との間で敷金をもって新賃借人の債務不履行の担保とすることを約し、又は新賃借人に対して敷金返還請求権を譲渡するなどの特段の事情のない限り、右敷金をもって将来新賃借人が新たに負担することとなる債務についてまでこれを担保しなければならないものと解することは、敷金交付者にその予期に反して不利益を被らせる結果となって相当ではなく、敷金に関する敷金交付者の権利義務関係は新賃借人に承継されるものではないと解すべきである」と判示しています。
 つまり、判例上、
 ・賃貸人・旧賃借人間で、敷金を新賃借人の債務不履行の担保とすることの合意
 ・旧賃借人から新賃借人への敷金返還請求権の譲渡
等の特段の事情がない限り、旧賃借人から差し入れられていた敷金は、新賃借人の債務を担保しないとされています。

 そのため、上記の特段の事情がない場合、飲食店舗を事業譲渡によって売却した事業者(旧賃借人)は賃貸人に対して、敷金の返還を請求することができ、それまでの賃貸人に対する債務を差し引かれた残額の返還を賃貸人から受けることができます。他方、飲食店舗を事業譲渡によって取得した事業者は、通常、賃貸人に対し、新たに敷金を差し入れる必要が生じることになります。

 なお、この点については、改正民法で明文化がされました。
 敷金について規定した改正民法622条の2は、その1項2号において、適法な賃借権の譲渡がされた場合の敷金関係について、以下のとおり規定しています。

第622条の2
1 賃貸人は、敷金(いかなる名目によるかを問わず、賃料債務その他の賃貸借に基づいて生ずる賃借人の賃貸人に対する金銭の給付を目的とする債務を担保する目的で、賃借人が賃貸人に交付する金銭をいう。以下この条において同じ。)を受け取っている場合において、次に掲げるときは、賃借人に対し、その受け取った敷金の額から賃貸借に基づいて生じた賃借人の賃貸人に対する金銭の給付を目的とする債務の額を控除した残額を返還しなければならない。
二 賃借人が適法に賃借権を譲り渡したとき。

賃借人の地位の移転がない場合

《 原則 》

 株式譲渡による場合、譲渡対象のなる会社の支配権は譲渡人から譲受人に移転しますが、賃借人の地位は譲渡対象となる会社のままであって、譲渡人から譲受人に移転しません。そのため、原則として、賃借権の譲渡にもあたらないため、民法上は賃貸人の同意は必要ありません。

《 COC条項がある場合 》

 しかしながら、商業施設等の賃貸借契約においては、COC(チェンジ・オブ・コントロール)条項が規定されていることが少なくありません。

 COC条項:M&A等により、経営権の移動があった場合に、契約を解除できる等とする規定
 賃貸借契約におけるCOC条項:解除事由として、「賃借人の株主、代表者に変更があったとき」等

 COC条項がある場合、その規定の仕方によっては、株式譲渡の方法によるM&Aが、実質的には賃借権の譲渡にあたり、賃貸人の承諾が必要であると判断される可能性があります。東京地判平成18年5月15日判時1938号90頁では、この点が争いになりました。

 この裁判例では、賃貸借契約上に以下のような特約条項が存在しました。
「下記の場合には、甲(貸主)は、何らの催告を要しないで直ちに本契約を解除して乙(借主)に対して明渡を求めることが出来る。
2 賃借物件の一部又は全部につき、賃借権の譲渡、転貸をした場合。乙が他の債務により破産宣告、強制執行を受けた場合、株券譲渡、商号、役員変更等による脱法的無断賃借権の譲渡、転貸の場合を含む。」

 裁判所は、旧賃借人(譲渡人)は株式譲渡の方法によるM&Aを行い、その商号や代表者等に変更が生じたものの、M&Aによって旧賃借人(譲渡人)の法人格が形骸化し、全株式を買い受けた譲受人と同一視されるべき状況には至っていない(旧賃借人(譲渡人)の法人格の同一性は維持されている)と判断しました。
 その上で、各種事情を考慮し、脱法的な意図(ここでは、新賃借人(譲受人)が、賃貸人に承諾料等を支払うことなく賃借権を旧賃借人(譲渡人)から取得する意図)があるとはいえず、脱法的無断賃借権の譲渡には該当しないと判断しました。

 上記の裁判例では賃借権の譲渡にあたらないと判断されましたが、これと反対に、株式譲渡の方法によるM&Aが、実質的には脱法的な賃借権の譲渡にあたると判断される場合には、M&Aの実行に先立ち、賃貸人の同意を得る必要がありますので、注意してください。

賃貸人の同意取得と条件交渉

賃貸人の同意が不要な場合

 株式譲渡形式によるM&Aの場合で、COC条項にて禁止された脱法的な賃借権の譲渡にあたるとも判断されない場合は、賃貸人への通知なくしてM&Aの実行が可能ですので、賃貸人との交渉は特段問題となりません。
 しかしながら、事実上、良い関係を継続するという視点から、事前に(同意を求めるのではなく)賃貸人に報告を行う方がよい場合が多いでしょう。

賃貸人の同意が必要な場合

 株式譲渡形式によるM&Aであるものの、COC条項にて禁止された脱法的な賃借権の譲渡にあたると判断される場合や、事業譲渡形式によるため賃借権の譲渡が生じる場合は、賃貸人の承諾が必要です。これは賃貸人の立場からすれば、賃貸借契約の条件を自己に有利に変更するチャンスともいえます。
 そのため、賃貸人から、同意にあたり、賃料や敷金・保証金の増額、普通建物賃貸借契約から定期建物賃貸借契約への変更等を要請されることがあります。特に百貨店等の大規模商標施設等では、賃借権の譲渡は認められず、譲受人との間での新たな賃貸借契約の締結を求められることが大半でしょう。
 飲食店舗のM&A条件交渉においては、当然のことながら譲渡対象となる店舗の収支等を検討の上、売買価格等の交渉がなされます。その収支を算出するにあたり、賃料額は非常に重要な要素を占めることになります。従いまして、賃貸人との交渉により賃料・保証金の額に変更が生じるような場合には、M&Aの売買価格等にも大きく影響する可能性が高いといえます。
 そのため、飲食店舗のM&Aにおいては、その実行にあたり賃貸人の同意が必要となるか否かを事前にチェックし、同意が必要な場合には、M&Aの条件交渉と賃貸人との交渉を適宜並行して進める等の工夫が必要だといえます。

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