相続人等に対する株式の売渡請求制度と、事業承継における逆転現象

はじめに

 中小規模の食品・飲食会社では、代表取締役を始めとする経営陣が、株式の大多数を保有する、いわゆる支配株主で、その他の株主も、経営陣の親族や付き合いの深い方であることが大半でしょう。このようないわゆる閉鎖型の会社の支配株主としては、経営に携わらない者や会社にとって好ましくない者が新たに株主になることを防止したいと考えることが多くあります。
 既存株主が死亡して相続が発生した場合等において、亡くなった株主の相続人が会社にとって好ましくない者である場合、その者が相続により株主になることを防ぐことはできないのでしょうか。
 会社法では、このような場合のために、相続人等に対する株式の売渡請求というものが用意されています。以下、詳しくご説明します(なお、条文はすべて会社法の条文です)。

譲渡制限株式では対応できない場合があること

 会社にとって好ましくない者が新たに株主になることを防止するために、大多数の中小企業においては、株式に譲渡制限をつけています。譲渡制限をつけることにより、株式の譲渡には会社(株主総会、取締役会等)の承認が必要となります。 
 しかし、譲渡制限株式は、譲渡等のいわゆる「特定承継」の場合の制度であり、相続や合併等の「一般承継」により株式を取得する場合は対象となりません。

■ 一般承継とは
 相続や合併等により、権利・義務の一切を包括的に承継すること

■ 特定承継とは
 売買や贈与等により、特定の権利・義務を個別的に承継すること

 そこで、相続や合併等の一般承継が発生した場合に、会社にとって好ましくない者が新たに株主になることを防止する方法として、会社法では、相続人等に対する株式の売渡請求という制度が定められています。

相続人等に対する株式の売渡請求の流れ

 では、相続人等に対する株式の売渡請求を、どのように行えばいいのでしょうか。具体的な流れをご説明します。

譲渡制限株式に関する一般承継の発生

 会社は、相続や合併等の一般承継により新たな株主となった者(以下「相続人等」といいます)を排除したい場合、相続人等に対する株式の売渡請求をすることにより、相続人等からその株式を買い取ることができます。
ただし、その対象は、譲渡制限株式に限られます(174条かっこ書き)。

定款の定め

 相続人等に対する株式の売渡請求をするには、定款に以下のような定めを置くことが必要です(174条)。

「当社は、相続その他の一般承継により当社の株式を取得した者に対し、当該株式を当社に売り渡すことを請求することができる」

 定款にこのような定めがない会社は、株主総会特別決議によって、上記のような定款に変更する必要があります。
 なお、この定款変更は、相続等の一般承継が生じた後においても行うことが可能だとされています(東京地決平成18・12・19資料版商事285号154頁)。

財源規制に反しないこと

《 財源規制とは 》
 財源規制とは、会社が不公正な値段で自己株式を取得してしまうと、他の株主や会社債権者を害するおそれがあるため、取得資金を、剰余金の分配可能額に制限する旨の規制をいいます。

 相続人等に対する株式の売渡請求により、会社は、相続人等からその株式を取得することになりますが、これは会社にとって自己株式の取得にあたるため、財源規制に違反しないことも必要です(461条1項5号)。

 相続人等に対する株式の売渡請求においては、売渡請求が効力を生じる日の剰余金の分配可能額を超えてはなりません。仮に、売渡請求を行った事業年度に欠損が生じたときは、取締役には補填責任が生じます(465条1項7号)。

《 財源規制に違反しないための方法 》 
 そこで、剰余金の分配可能額が取得資金として十分でない場合には、以下の2つの方法が考えられます。

① 次期の決算見込みが良好で、次期であれば財源規制に違反しない可能性がある場合は、次期を待って相続人等に対する株式の売渡請求をする方法

 ただし、相続人等に対する株式の売渡請求には、「相続があったことを知った日から1年以内」という期間制限があります。この方法をとる場合には、この期間制限にかからないように注意する必要があります。

② ひとまず売渡請求をしておき、売買価格を決定する段階で、財源規制に違反しないような売買価格・取得株式数になるように、請求の一部撤回等を適宜行う等して調整する方法

 会社は、売渡請求をいつでも撤回することができるため、このような方法をとることもできます。

株主総会の特別決議

《 決議すべき事項 》
 会社は、上記の定款の定めにしたがい、相続人等に対する株式の売渡請求をしようとする都度、株主総会の特別決議により、売渡請求をする株式の数、及び売渡請求の相手方の氏名・名称を定めることが必要です(175条1項)。
 なお、売買価格は決議不要です。

《 売渡請求の対象 》 
 会社法の文言から、相続人等が承継する株式の一部についてのみ売渡請求をすることもできるとされています。

《 売渡請求の相手方 》
 対象となる株式が相続により承継された場合、誰がその株式を相続により取得するのか、会社からは、わからないことがあります。
 相続人間で遺産分割がされるまでの間、その株式はすべての法定相続人の準共有となりますが、相続による承継の場合、法定相続人の一部のみに対する売渡請求もできると判示した裁判例もあります(東京高判平成24・11・28資料版商事356号30頁)。
 ただし、その後の遺産分割により、請求の相手方の相続割合が変動する等の場合には、複雑な問題が生じてしまいかねません。そのため、すべての法定相続人を売渡請求の相手方として株主総会の特別決議をしておくことが望ましいでしょう。

《 売渡請求をされる相続人等による議決権の行使 》 
 売渡請求をされる相続人等は、売渡請求をしようとする都度行われる株主総会決議について、議決権を行使できません(175条2項本文)。

 ただし、その相続人等以外の株主の全部がその株主総会において議決権を行使できない場合はこの限りではありません(同項但書)。

売渡請求

《 請求とその効果 》
 続いて、会社は、上記の株主総会特別決議で定めた相手方に対し、売渡請求をする株式の数を明らかにして、売渡請求をします(176条1項本文、2項)。
 請求にあたり、会社法上は、売買価格を明示することは求められていません。しかし、通常は、一定の売買価格を提示することになるでしょう。
 この売渡請求は形成権と考えられています。そのため、売渡請求により、会社と相続人等との間で、対象となる株式の売買契約が当然に成立し、相続人等は株式の売渡しを拒むことはできません。この点で、会社は、会社にとって好ましくない者を排除することができるのです。

 ただし、以下の2つの要件を満たす場合、売買契約は効力を失ってしまいます(177条5項・2項)。
① 売渡請求から20日以内に、売買価格について会社と相続人等との間で協議が整わない場合
② 会社又は相続人等からの裁判所に対する売買価格決定の申立てもされない場合

《 期間制限 》 
 この売渡請求は、会社が「相続その他の一般承継があったことを知った日」から1年以内に行わなければなりません(176条1項但書)。

 「相続その他の一般承継があったことを知った日」とは、一般承継が相続による場合は、被相続人の死亡の事実(相続の発生)を知った日です(東京高決平成19・8・16資料版商事285号146頁)。

 その株式を特定の相続人が取得したことを知った日や、遺産分割が確定したことを知った日ではありませんので、この点については注意が必要です。

《 請求の撤回 》 
 会社は、売渡請求を「いつでも」撤回できるとされており(176条3項)、会社法上、撤回事由は特に制限されていません。

売買価格の決定

 売買価格は、会社と相続人等の間の協議、又は会社若しくは相続人等による売買価格決定の申立てを受けた裁判所による決定により定められます(177条1項~4項)。
 この申立手続においては、一定の資料を準備して自己の主張する売買価格が適正だと疎明する必要があり、審理には相当の時間を要することが通常です。裁判所は、売買価格の決定にあたっては、「会社の資産状態その他一切の事情」(177条3項)を考慮して、判断を下します。会社としては、株式の客観的な経済的価値のみならず、その相続人等から株式を買い取る必要性等を主張していくことになるでしょう。
 なお、会社法上、協議は申立ての前提要件とされていないため、協議を経ずに、いきなり裁判所に対して売買価格決定の申立てをすることもできます。
 

会社オーナー(支配株主)が死亡した場合の事業承継:逆転現象の危険性

問題の所在

 相続人等に対する株式の売渡請求は、会社にとって好ましくない者が相続等の一般承継によって株主となることを阻止するという場面を、主に想定して定められました。
 しかし、会社オーナー(支配株主)が死亡した場合に、その相続人(後継者)に対して、他の株主・取締役が、この売渡請求をすることもできます。

具体例

 具体例に基づいて検討してみましょう。

甲社
・支配株主兼代表取締役A:65%株式保有(すべて譲渡制限株式)
・取締役Y(高齢のベテラン役員):35%株式保有

 会社オーナー(支配株主兼代表取締役)Aは、息子であるXを後継者にして、AとXだけで甲社の株式を保有したいと考えていました。
 Aの思惑は以下のとおりです。
・Yは高齢なので、私(A)より先に亡くなるだろう。
・Yが亡くなったら、Yの保有している35%の株式については、買い取りたい。Yの相続人には、株主になってほしくない。
・そのために、相続人等に対する売渡請求を定めておこう。

「定款:当社は、相続その他の一般承継により当社の株式を取得した者に対し、当該株式を当社に売り渡すことを請求することができる」

 しかし、Yよりも先に、Aが死亡してしまいました。
 この場合、どうなるでしょうか。

 これにより、甲社はAの息子Xに対し、Aから相続した65%の株式全部について、売渡請求をすることができます。
 この売渡請求を決定する株主総会において、売渡請求の相手方であるXは、議決権を行使できません(175条2項)。Yの賛成により、Xへの売渡請求は可決されてしまいます。
 これに基づき甲社からXに対して売渡請求がされた場合には、それをもってXから甲社にXの株式はすべて移転し、後で失効しない限り、Xは甲社株主から排除されてしまいます。
 このように、相続人等に対する売渡請求の制度を定款に定めていたために、事業を継ぐはずであったAの息子であるXが、甲社から排除されてしまうこともあるのです。

考えられる対策

 では、A・Xとしては、AからXに確実に事業を承継させるため、どうしたらいいでしょうか。

 具体的には、以下のような対策が考えられます。

① 会社オーナー(支配株主)の株式以外については、相続人等に対する株式の売渡請求の議案について、議決権制限種類株式としておく方法

 売渡請求の相手方であるXは、原則として、売渡請求を決定する株主総会において、議決権を行使することができません(175条2項)。しかし、相手方である株主以外の株主全部(事例ではY)が、当該株主総会において議決権を行使することができない場合、例外的に、Xが議決権を行使することができます(175条2項ただし書)。そのため、上記の事例でも、Xは自らに対する売渡請求を否決し、逆転現象が生じることを防ぐことができます。

② 会社オーナー(支配株主)の株式を保有するための法人を設立し、その法人に会社オーナー(支配株主)の株式を保有させておく方法

 この方法によれば、そもそもAが亡くなっても、相続による承継自体が生じないことになります。そのため、上記のような逆転現象も生じません。

 

まとめ

 ここまで、相続人等に対する株式の売渡請求についてご説明しました。
 以下のような事業者の方は、ご遠慮なくご相談ください。

・支配株主以外の株主に相続が発生したが、その相続人は、会社にとって好ましい人物でないため、その相続人から株式を買い取りたいという方
・相続人等に対する株式の売渡請求を行使したい方
・相続人等に対する株式の売渡請求の対象となる株式について、売買価格の協議が難航している方
・会社オーナー(支配株主)が死亡した場合の事業承継について、逆転現象が生じないように事前に対策をしておきたい方

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