直前キャンセル(ドタキャン)・無断キャンセル(ノーショー)への対応
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はじめに
飲食事業者にとって、予約のキャンセルへの対応は極めて重要な問題の一つです。その中でもとりわけ、「ノーショー」や「ドタキャン」と呼ばれるものは、事業者に与えるダメージが大きいものです。飲食業界においては、これらによる総被害額が年間で約1.6兆円にも及ぶと推計されています。
そこで、以下ではキャンセルに対する損害賠償(キャンセル料)について法的な根拠を示した上で、賠償額の算定に関する考え方や実際に損害賠償請求するにあたって留意すべき事項について述べていきます。
ノーショー |
予約をしていたにもかかわらず、その日時になっても店に連絡なく、または店の連絡を無視して来店しないこと。無断キャンセル。 |
ドタキャン |
予約日時の直前になって、予約をキャンセルすること。 |
なお、ノーショーについては「No show(飲食店における無断キャンセル)対策レポート」(サービス産業の高付加価値化に向けた外部環境整備等に関する有識者勉強会 2018 年 11 月 1 日)が発表されており、非常に参考になります。
https://www.meti.go.jp/press/2018/11/20181101002/20181101002-1.pdf
キャンセルに対する損害賠償の考え方
損害賠償には、以下の2つが存在します。
①債務不履行に基づくもの(民法415条)
②不法行為に基づくもの(民法709条)
①は契約上の債務を履行しないことにより相手方に生じた損害を、②は契約の成否にかかわらず、故意・過失により相手方に生じた損害を賠償する性質のものです。
一般的に、事業者・消費者間の契約は、その内容が確定すれば、予約の段階であっても成立します。これを消費者がキャンセルすることは、いったん成立した契約を一方的に破棄するものですので、事業者は消費者に対して債務不履行に基づく損害賠償を請求できます。
他方、予約段階で契約の内容が確定していない場合は、契約は成立しません。しかし、消費者の一方的なキャンセルに対し、不法行為に基づく損害賠償を請求することが考えられます。
すなわち、キャンセルによって事業者に何らかの損害が生じた場合は、事業者は消費者に対して損害賠償を請求することができます。
ノーショー・ドタキャンにおける損害賠償額算定の考え方
ノーショーもドタキャンも、キャンセルの一類型ですから、損害賠償の根拠はいずれも上記の通りです。もっとも、賠償額の算定について、以下のような違いがあります。
ドタキャン
店に対してキャンセルの連絡が入った場合、通常、店側としては、予約を取り消しその時間に別の顧客を迎え入れるなどの対応をとることが多いでしょう。このように、キャンセル客の料金分の損失を代わりの顧客の料金によって埋め合わせることで、店側は損害の軽減を図ることができます。
もっとも、ドタキャンは、予定日時の直前に予約をキャンセルするものですので、すでにその準備作業が行われていることも多く、これを他の顧客に転用できない場合はその費用分の損害が発生することとなります。また、完全予約制をとっている場合などは、直前にキャンセルされると、別の申込者による予約を獲得する時間的余裕がなく、キャンセル客の料金分の損失を代わりの顧客により埋め合わせることができません。
以上より、ドタキャンの場合は、キャンセル客の料金分の損失のうち、代わりの顧客によって埋め合わせられない部分に限り、賠償額として算定されると考えられます。
ノーショー
ノーショーの場合、予約客は店に連絡を入れないため、店側は、予約時間まで予約客が来る前提でその準備作業を行うことになります。また、予約時間が過ぎても顧客が時間に遅れて来店する可能性を踏まえて、席や場所を確保して待機することとなります。そのため、店側としては、準備作業を取りやめることも代わりに別の顧客を迎え入れることもできません。このように、ノーショーにおいては、キャンセル客の料金分の損失を店側の努力によって埋め合わせることが極めて困難といえます。これがドタキャンとの大きな相違点です。
したがって、飲食店におけるコース予約のように料金が確定している場合は料金全額が、席のみ予約のように料金が確定していない場合は平均客単価が(個別の契約について実際に発生しうる損害の算定が困難であるため)、賠償額の目安になると考えられます。もっとも、キャンセルとは無関係に発生する賃料等の固定費や転用可能な飲食物・原材料費、人件費等は、当然に賠償額から控除されます。
損害賠償請求のための必要事項
店側が予約をキャンセルした顧客に対し、キャンセル料(損害賠償)を請求するためには、訴訟等の無用な争いを避けるため、キャンセル料の有無やその算定方法を事前に示すことが望ましいといえます。
具体的には、適切なキャンセル料の算定方法を検討した上で、キャンセルポリシー(※)を設定し、予約時にその内容を顧客に明示することが必要です。
※ キャンセルポリシーとは、キャンセルの連絡方法やキャンセル料の算定方法、払戻方法等、予約キャンセルに関する一般的な注意事項を掲げた、会社や店舗の規約をいいます。
キャンセルポリシーにおける損害賠償条項作成の際の注意点
金額に関する注意点
キャンセル料の算定方法を定めるに当たっては、消費者契約法9条1号の規定に十分な注意が必要です。
消費者契約法第9条
次の各号に掲げる消費者契約の条項は、当該各号に定める部分について、無効とする。
一 当該消費者契約の解除に伴う損害賠償の額を予定し、又は違約金を定める条項であって、これらを合算した額が、当該条項において設定された解除の事由、時期等の区分に応じ、当該消費者契約と同種の消費者契約の解除に伴い当該事業者に生ずべき平均的な損害の額を超えるもの 当該超える部分
キャンセルポリシーにおいて、損害賠償条項をあらかじめ定める場合、当該算定方法によって定まる損害額が、「当該事業者に生ずべき平均的な損害の額を超えるもの」である場合は、当該超える部分は無効となります。したがって、キャンセルポリシーにおいて、根拠もなく過大な金額のキャンセル料を定めることは許されません。
この「平均的な損害」の算定について争われた事例として、以下の裁判例をご紹介します。
【東京地判平成14年3月25日】
事案 |
Yは、平成13年4月8日、X株式会社が経営する飲食店において、実施日を同年6月10日、実施人数30名ないし40名、料金1人当たり4500円とするパーティーの予約をした。同年4月9日、Yに他の客から本件予約と同時刻頃問い合わせが来たとして、確認を求めたところ、Yは実施する旨の返答をしたが、翌日10日、Yがこれを解約した。 |
判決 |
「平均的な損害」の意義…については、当該消費者契約の当事者たる個々の事業者に生じる損害の額について、契約の類型ごとに合理的な算出根拠に基づき算定された平均値であり、解除の事由、時期の他、当該契約の特殊性、逸失利益・準備費用・利益率等損害の内容、契約の代替可能性・変更ないし転用可能性等の損害の生じる蓋然性等の事情に照らし、判断するのが相当である。 |
上記裁判例の示すとおり、「平均的な損害」の額は、解除の経緯や時期、契約の内容、発生する損害の事由や程度等、個々の事案の様々な事情に即して具体的に判断されます。
店側としては、自身の店舗の収益構造等を分析した上で、「平均的な損害」額を超えないような適切な算定方法を定める必要があるでしょう。
金額以外に関する注意点
上記規定にかかわらず、キャンセルの時期や予約内容によっては、平均的な損害の額を超える損害が発生することもあり得ます。
このような場合に、キャンセル料を超える損害についても賠償を請求するため、キャンセルポリシーには、「キャンセル料を超える損害が発生した場合には、当該損害についてキャンセル料と別途賠償を請求できる」との条項を設けるべきでしょう。
ノーショー、ドタキャンを避けるための工夫
上記の有識者勉強会の資料では、ノーショー防止に向けて、飲食事業者が取り組むことが期待される方法として、①予約の再確認(リコンファーム(※1))の徹底、②顧客がキャンセル連絡をしやすい仕組みの整備、③キャンセルポリシーやキャンセル料の目安の明示、④事前決済や預り金(デポジット)の徴収等の導入が提案されています。
一部の高級店では、④事前決済や預り金(デポジット)の徴収を行っているようですが、大多数の飲食店においては、事実上、導入することが難しいのではないかと思われます。
他方で、①~③については、有識者勉強会の資料にもあるように、SMS(※2)を利用するIT予約システムを導入等すれば、ある程度達成しやすいといえるのではないでしょうか。具体的な対応としては、以下のような方法が考えられます。
①予約の再確認(リコンファーム)の徹底
→ IT予約システムからSMSを送信
②顧客がキャンセル連絡をしやすい仕組みの整備
→ IT予約システムを通じて配信されるショートメッセージにキャンセルボタンをつける
③キャンセルポリシーやキャンセル料の目安の明示
→ 予約時に配信するショートメッセージにキャンセルポリシーをつける
※1 リコンファーム:reconfirm (再確認)
※2 SMS:携帯電話のショートメッセージサービス
当事務所では、ノーショー・ドタキャンをされた場合の損害賠償請求のみならず、キャンセルポリシーの作成や、IT予約システムの導入等について、幅広くアドバイスをしております。
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