東京都の飲食店業に関係する、コロナ禍における法律問題(令和2年4月21日時点)
はじめに
飲食店業を営む皆様におかれましては、この度の新型コロナウィルスの感染拡大により、本当に大変な状況かと存じます。本記事が、少しでも飲食店業を営む皆様のお役に立てれば幸いです。
以下では、東京都における飲食店業を前提に、
・東京都における緊急事態措置の概要
・労働関係(事業の休止と休業手当、人員削減)
・賃貸借関係
・損害保険関係
について、弁護士に対して多く質問される事項の概要を簡潔にまとめました。
東京都における緊急事態措置等(令和2年4月10日付)
居酒屋を含む飲食店等の「食事提供施設」については、「社会生活を維持する上で必要な施設」として、「適切な感染防止対策の協力要請」と「営業時間短縮の協力要請」が出されています。事業を継続する場合にとるべき感染防止対策については、下記URLの別表「適切な感染防止対策」をご参照ください。
・東京都における緊急事態措置等(令和2年4月10日付)
https://www.bousai.metro.tokyo.lg.jp/1007617/1007661.html
なお、「営業時間短縮の協力要請」については、これに応じた事業者に対する感染拡大防止協力金が定められています。
・「感染拡大防止協力金」について(東京都産業労働局)
https://www.sangyo-rodo.metro.tokyo.jp/attention/2020/0415_13288.html
労働関係
事業を継続することが難しく、事業を休止する判断をされる方もいらっしゃるかと思います。この場合には、労働者に対する休業手当の支払いが問題となります。
事業の休止と休業手当
《 休業手当の支払義務 》
使用者は、使用者の責めに帰すべき事由により休業した労働者に対して、休業期間中、平均賃金の60%以上の手当を支払う義務があります(労働基準法26条)。
この「使用者の責めに帰すべき事由」については、会社側の都合による休業の場合には、使用者の責めに帰すべき事由があるものとされています。これに対して、天災地変等の不可抗力の場合には、使用者の責めに帰すべき事由がないものとされています。
飲食店のような「食事提供施設」については、「社会生活を維持する上で必要な施設」として、事業の継続が要請されています。従いまして、原則として「使用者の責めに帰すべき事由」による休業=休業手当の支払義務はあると考えられます。
これに対して、飲食店でも、出店先の百貨店自体が休業してしまった場合等は、「使用者の責めに帰すべき事由」によらない休業=休業手当の支払義務はない場合もあるでしょう。ただし、この場合でも、当該従業員についてリモートワークや営業中の他店舗での業務に就かせることができないか等について検討する必要があります。
なお、上記はあくまで「最低限の支払義務」についてのご説明です。労働者の生活を保護するためにも、財政的な余裕があれば、できる限り100%に近い支払いを検討された方がよいでしょう。
※ | 通常の場合は、休業手当を超えて、使用者が賃金全額の支払義務を負うかどうかが別途問題となります(民法536条2項の問題)。しかし、下記の雇用調整助成金の申請にあたり、休業に関する労使協定の締結をする等、労使間で合意をした場合には、この点は原則として問題となりません。従いまして、本記事では説明を割愛いたします。 |
《 雇用調整助成金・融資 》
上記のとおり、飲食店業を休止した場合、原則として休業手当の支払義務が生じます。この負担については、雇用調整助成金により手当をするというのが、現在の国の政策です。
雇用調整助成金については、特例措置の拡大が実施されており、通常の場合より支給要件が緩和されています。
・新型コロナウイルス感染症にかかる雇用調整助成金の特例措置の拡大
https://www.mhlw.go.jp/content/000615395.pdf
なお、雇用調整助成金は1人1日あたり8,330円が上限額となっており、上限額を超える部分については使用者の負担となる点に注意が必要です。
また、雇用調整助成金の支給までには、一定程度の時間がかかることが想定されます。
従いまして、雇用調整助成金の申請と並行して、金融機関からの融資を受けていただくことが大切でしょう。
融資の一覧については、下記をご参照ください。
・経済産業省 資金繰り支援内容一覧表(令和2年4月14日時点)
https://www.meti.go.jp/covid-19/pdf/shikinguri_list.pdf
なお、上記に加えて、独自の支援策をとっている自治体が多くあります。
関係する自治体のウェブサイト等も、あわせてご参照いただければと存じます。
人員削減
休業手当の支払いも難しく、どうしても人員削減を検討しなくてはならない場合、どのような方法をとる必要があるでしょうか。
一般的には、労使間で協議を重ね、十分な時間をかけて、下記のような順番で進めることが考えられます。
① 退職金等の支払いを提示した上で、退職希望者を募る
② 退職希望者数が目標に達しない場合には、退職勧奨を行う
③ それでも人員削減の目標数に達しない場合には、整理解雇を行う
しかしながら、休業手当の支払いすら難しい状況にある場合には、必ずしも上記のような手順で進める時間的な余裕がないことも想定されます。そのような場合であっても、後日紛争となることを極力避けるため、慎重に手続を進める必要があるといえるでしょう。
注意点をごく簡単にまとめると、②の退職勧奨については、対象者の人選が著しく不公正な場合や、事実上退職を強要するような態様によった場合には、違法になる可能性があります。また、③の整理解雇の有効性は、人員削減の必要性があること、解雇回避努力が尽くされたこと、人選基準とその適用が合理的であること、解雇手続の妥当性が認められることの4つの基準を中心に、事案に応じて総合的に判断されるものです。経営が危機的状況にあることのみをもって、当然に有効となるわけではありません。
いずれにしても、人員削減を行う場合には、専門家のアドバイスを受けつつ、手続を進めるべきでしょう。
その他
上記以外にも、事業を継続する場合において、労働者が新型コロナウィルスへ感染した場合や感染が疑われる場合の対処等、労働関係については非常に様々な問題があります。
下記の厚生労働省のQ&Aをご参照いただければと存じます。
・新型コロナウイルスに関するQ&A(企業の方向け)
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/dengue_fever_qa_00007.html
賃貸借関係
すでに、賃料についての支払免除、賃料減額等の交渉をしておられる事業者の方も多いかと存じます。以下では、賃貸借契約について、よくご質問を受ける事項についてまとめます。
行政の対応
行政の対応としては、国土交通省において、
・不動産賃貸事業者に対して、賃料支払猶予に応じる等の柔軟な対応の要請
http://www.mlit.go.jp/report/press/content/001338620.pdf
・不動産賃貸人が取引先の賃料を減免した場合は損金計上が可能であることを明確化する予定であることの通知
https://www.mlit.go.jp/common/001340572.pdf
等がされており、今後も様々な施策がとられることが見込まれます。
不動産オーナーとの交渉
《 交渉のスタンス 》
行政により様々な施策がとられるとしても、賃料の免除・減額等、契約条件を変更するには、不動産オーナーから変更について同意していただく必要があることに変わりはありません。
ここで考慮が必要なのは、不動産オーナーも、厳しい状況にある方が少なくないということです。当職が伝え聞いたところでは、不動産オーナーに対して、「賃料の減額は当然である」というスタンスで交渉した結果、かえって話がこじれてしまったという事例もあるようですので、十分ご留意ください。
以下では、具体的な交渉内容について整理します。
《 賃料の免除・減額 》
賃料を免除又は減額してもらうことができれば、一番有効でしょう。
大幅な減額に応じてくださる不動産オーナーもいらっしゃるようですので、まずは賃料の免除・減額の要請をしていくことが基本スタンスになるでしょう。
《 敷金・保証金からの充当 》
賃料の免除・減額に応じていただけない場合には、賃貸借契約時に差し入れた敷金・保証金を、賃料の支払いに充ててほしい・・・という要請をすることが考えられます。
賃貸借契約においては、「賃貸借契約が存続する間は、賃借人は、敷金・保証金をもって賃料その他の債務との相殺を主張することはできない」と規定されていることが通常です。今回に限り、このような条項にかかわらず敷金・保証金を賃料に充当してほしい・・・という要請をするということになります。
《 賃料の支払猶予 》
賃料の免除・減額も敷金・保証金からの充当も応じていただけない場合には、当面の賃料の支払いを猶予してほしい・・・という要請をすることが考えられるでしょう。
この要請に応じてもらえた場合、「・・年・・月分までの賃料については当面の間、支払いを猶予する」等の合意をすることが考えられます。
《 その他の条件交渉 》
その他、上記イ~エの交渉材料として、契約条件を不動産オーナーにとって有利な内容に変更することを提案することも考えられます。例えば、退去時に借主として負う原状回復義務の範囲を、現在の内容よりも広く変更するといった提案が考えられるでしょう。
なお、普通建物賃貸借契約を交わしている場合は、不動産オーナーから、上記イ~エと引き換えに、定期建物賃貸借契約に変更するよう求められることも考えられます。定期建物賃貸借契約は契約の更新がされない契約であるため、その契約期間が満了すると、不動産オーナーが再契約に同意しない限り、借主は退去しなくてはなりません。この点は特にご注意ください。
小括
以上のとおりですが、まずは不動産オーナーと交渉を開始することが重要です。
不動産オーナーからは、口頭ではなく、書面にて要請を提示するよう求められることが多いようです。その際には、免除・減額を求める書面と共に、上記の国土交通省の要請文等を添付することが考えられます。
近時の状況に鑑み、かなり柔軟に対応していただける不動産オーナーも増えてきているようですので、粘り強く賃料の免除・大幅な減額を求めていくとよいのではないでしょうか。
損害保険関係
飲食店業を営む皆様は、店舗賠償責任保険等の損害保険に加入されている方が大半かと思います。
「損害保険は利用できるのか」というご質問を受けることがありますが、こちらは各保険商品の内容次第となります。新型コロナウィルスのような指定感染症については、適用対象外としている保険商品が大半ですが、一部の保険商品においては、適用対象に含まれることもあるようです。
例えば、三井住友海上火災保険株式会社の店舗賠償責任保険(2019年9月30日以前始期契約)については、下記の通りウェブサイトに掲載されています。
「 | 感染症法※における一類感染症、二類感染症、三類感染症、指定感染症および新感染症が補償対象となります。新型コロナウイルスは「指定感染症」にあたるため、その他の要件を満たす場合に保険金のお支払い対象となります。 |
※ 感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律をいいます。」 |
https://www.ms-ins.com/information/2019/information_0228_1.html
上記のとおり、「その他の要件を満たす場合に」と記載されていますので、ご自身は対象となるのか、どのような手続や書類が必要か等をお知りになりたい方は、相談窓口にお問い合わせください。
終わりに
以上のとおり、飲食店業を営む皆様から弁護士に対して質問される事項の一部について、その概要をまとめました。
当職がお付き合いのある事業者の方も、テイクアウト事業を始める方、事業の一部を縮小する方、事業全体を休止する方等、大変なご苦労をされていらっしゃいます。当職も、飲食店業の皆様が、なんとかこの難局を打開し、事業を継続していけるよう、少しでもお役に立てればと考えています。
ご質問・ご相談等がある場合には、下記URLの相談フォームからご連絡いただければと存じます。
※ | 本記事は、令和2年4月21日時点の情報に基づいて作成しております。 |
また、本記事は融資・助成金・補助金について、その内容を網羅するものではありません。融資・助成金・補助金については、各公共団体のウェブサイト等をご参照願います。 |
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