Food法務 第1号 飲食店舗の賃貸借契約の終了に伴う原状回復義務について
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はじめに
緊急事態宣言は首都圏においても令和2年5月25日に解除されたものの、引き続きソーシャルディスタンスが求められる等、飲食店業の皆様には大変に厳しい状況が続いているかと存じます。
このような状況下で、一部店舗スペースの縮小・閉店等を決断する飲食店業の方も少なくなく、当職の下にも賃貸借契約の解除に関するご相談が寄せられています。
本レポートでは、賃貸借契約の終了に伴う「原状回復義務」について、飲食店舗において問題となりやすい点を中心にご説明します。
原状回復義務とは
賃貸借契約が終了する場合、借主は貸主に対して「原状回復義務」を負います。
原状回復義務とは、その名の通り、賃貸物件を「原状に回復させる義務」をいい、建物を契約当初の状態に戻すことを指します。
賃貸借契約の終了にあたっては、この「原状回復義務」として借主がどの程度の工事をする義務を負うのか、貸主と対立することが少なくありません。
原状回復義務と通常損耗・特別損耗
建物が経年劣化することや、使用に伴う汚損・破損等が発生することは、当然のことです。
したがって、通常の使用に伴い発生する劣化・汚損等(「通常損耗」といいます。)については、賃借人は原状回復義務を負わないと考えられています。
たとえば、天井・床・壁紙等々については、新しく張り替えたり塗り替えたりする必要はなく、契約終了時の経年劣化した状態のままで返還すれば足りるということです。
他方、建物を通常の使用方法で使用した場合には生じないような、通常損耗を超える汚損・損傷等(「特別損耗」といいます。)については、賃借人は原状回復義務を負うと考えられています。
たとえば、家具を取り付けるために壁に穴を開けた場合や、ひっかき傷、煙草のヤニ等はこれに該当することが
多いでしょう。
以上は法律上の原則ですが、契約書上に特約がある場合、賃借人は、通常損耗部分も含めて原状回復義務を負う場合があります。
「通常損耗」についても原状回復義務を負う場合
では、借主はどのような場合に「通常損耗」についても原状回復義務を負うのでしょうか。
裁判実務上、①賃貸借契約書に、借主が補修費用を負担することになる通常損耗の範囲が明記されている、②(賃貸借契約書に明記されていなくとも)借主が、貸主による口頭での説明を認識して、当事者間の合意内容になっていると認められるなど、通常損耗について原状回復義務を負う旨の特約が明確に合意されていることが必要です(最判平成 17.12.16 判時1921.61)。
たとえば、喫茶店の店舗に関する賃貸借契約において、「・・・(借主)所
有の造作、設備、什器、備品、商品等を撤去し、天井及び壁面の塗装、床
タイルカーペットの張り替えをして、本件建物を原状に復して(貸主)に返還
する」と規定されていた事例があります。
一見すると、通常損耗について原状回復義務を負う特約があるように見えるかもしれません。
しかし、裁判所は、通常損耗を補修する旨の特約が「明確に合意されているとはいえない」とし
て、特約の成立を否定しています(東京地判平成 21.8.31)。
このように、契約書に概括的な規定があるだけでは、借主は通常損耗部分の原状回復義務を負担しない可能性があります。
貸主から通常損耗について原状回復を求められても、本当に通常損耗部分まで原状回復義務を負う
のか、よく検討する必要があります。
原状回復工事の費用負担
原状回復について「貸主指定業者による工事を行う」「工事費用については敷金から充当する」等と契約書に規定されている場合が、特に、大規模な商業ビルの賃貸借では多くあります。
このような場合、指定業者により、借主として負担すべきもの以上の工事内容が見積もられてしまう等のトラブルが生じることがあります。
そのため、工事内容・価格の適正性について、よく確認することが必要です。
その他の問題(スケルトン貸し・居抜き・付属設備の撤去)
その他、飲食店の退去にあたり生じうる問題について、ご説明します。
スケルトン貸し
飲食店舗の賃貸借契約においては、「スケルトン貸し」であることがよくあります。
「スケルトン」とは、床・壁・天井を含め内装が何もない、躯体のままの状態をいうと一般的に考えられています。「スケルトン貸し」の場合には、原状回復についても「スケルトン返し」となるのが原則です。
しかし、実際の交渉では、「スケルトン返し」と言いながら、「壁紙については張り替えてくれ」「床については新たに指定する内容の工事をしてくれ」等と要請されることがあります。
契約書の内容に、ただ「スケルトンにする」ことだけが規定されている場合には、このような要請に応える必要はないのが原則ですので、注意してください。
居抜き物件
飲食店舗においては、居抜き物件として賃貸借契約を締結する場合も多くあります。
この場合には、居抜き物件として借り受けた契約締結当初の状態に戻せば足りるのが原則です。
なぜなら、「原状」とはあくまで契約締結の際の状況をいうためです。
そのため、カウンター等が契約締結時に設置されていた場合には、そのカウンター等についてまで撤去する必要はありません。
しかし、実際の交渉では、貸主から「原状回復とは、全てを綺麗にすることである」等と主張され、契約以上の負担を求められることがあります。
この点も注意が必要でしょう。
他方で、居抜き物件として借りたものの、契約書上に「スケルトン返し」が規定されている場合もよくあります。この場合には、物件に設置されていたカウンター等についても撤去して、「スケルトン」にする必要があるのが原則です。
付属設備の撤去
飲食店舗においては、入居の際にダクトや配管等の「付属設備」の設置工事を合わせて行うことがよくあります。
通常は、「付属設備は借主が自費で撤去する」等と規定されていることが多いでしょう。
この場合には、借主が退去にあたり付属設備を撤去する必要があります。
他方で、貸主の中には、次に契約する飲食店舗のための新しいダクト等の付属設備の設置等まで要求してくることがあります。
契約書に特別な規定がない限り、原状回復工事として新しいダクトの設置等までする義務はないのが原則です。
まとめ
以上のとおり、飲食店舗の原状回復について、問題となることが多い点を中心に、ご説明しました。
飲食店舗の退去にあたっては、原状回復義務の範囲について検討した上で、貸主から求められている工事内容・金額が、借主として負担すべき以上の内容・金額になっていないか、十分に検討する必要があります。
なお、これらについては、新たな賃貸借契約をする際にも、意識していただければと思います。
必ずしも賃貸借契約の内容を深く検討しないことが多いかと思いますが、契約締結時点において原状回復義務の範囲を意識して交渉することにより、退去時のトラブルの防止にもつながるでしょう。
最後になりますが、本レポートが、新型コロナウィルス禍で大変な状況にある飲食店業の皆様にとって、少しでもお役に立つものであれば幸いです。
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